映画『チェイサー』はリアリズムなイイ顔がイイ映画だった

■チェイサー (監督:ナ・ホンジン 2008年韓国映画


映画『チェイサー』は実在した猟奇殺人事件をモチーフにして作られた映画らしい。殺戮や血や死体の陰惨さ、というのならオレはホラー映画が好きだから散々観て見慣れているばかりか首チョンパなんてやられた日にゃあウヒャウヒャいいながら笑ってるような健全で成熟したメンタリティを兼ね備えた常識的な大人であるけれども、こと日本を含めたアジア圏ホラーの陰惨さは苦手だったりするのである。アジア独特の湿潤な気候のせいなんでしょうかねえ、アジアン・ホラーの恐怖の見せ方ってなーんかこうジトッ…とした感じで苦手なんですよねえ。ホラーの主題になるテーマもやぱりなーんかこうジトッ…とした情緒性というか業の深い怨念を感じさせて苦手なんですよねえ。

あとオレ韓国映画も苦手なの。別にかの国に偏見を持っているわけでは全く無いけど、これまで観た韓国映画の怒涛のような情緒性が苦手だったの。でも韓国映画ってスチール画像見たり粗筋を読んだりすると元気があるのは分かるんだよなあ。少なくともどうにものっぺりした印象しかない邦画の数倍はましな映画を作っているような気がする。だから韓国映画で猟奇殺人で…という段階でちょっとスルーしてたんですが、禍津さんのところ読んだらとっても面白そうなこと書いてるじゃないですか。で、こりゃ観なきゃあかんわい、ということでDVD借りてみたんですが、これがもう想像以上に面白い作品だった。

なにしろ主人公と犯人の追跡劇がいい。しかし犯人を捕まえたのはいいが、主人公は元刑事とはいえ今は一般人なので当然逮捕権なんてない。だから最初警察からは信用されない。そのかわり警察もやらないようなボコり方していてこの辺は妙に胸がすく。その後警察側の不手際で犯人を釈放してしまい、そこでまた追跡劇があり、またもや悲劇が起こり…というころころと変わってゆく展開もいい。そしてこれがたった一日二日の出来事として描かれるのだ。この追いつ追われつのサスペンスとスピーディーな展開。これがしっかり描かれていて思わず身を乗り出して観てしまった。

逆に最初心配していた陰惨さは、これが思ったほどではない。犯人は拉致した被害者を残虐な方法で殺戮してゆくけれども、勿論そういったシーンは悲惨で血塗れではあるが、ことさら陰惨さを強調するのではなく、これほどまでに残酷な犯人であり恐ろしい事件だったのだ、ということが分かるように描かれているだけだ。ここを隠しては何にもならないし、強調してしまってはホラー映画になってしまう。"何を見せるべきか"を心得てその結果の演出なのだ。だから陰惨ではあるが過剰ではない…とは書いたけどもともとオレがホラー耐性がある人間なんでそう思ったのかもしれんがな。

なによりこの映画に引き込まれたのは、出演者たちの"顔の良さ"があったからだろう。"顔の良さ"とは美男美女のことではない。その作品世界の中に本当に生きているかのようなリアリティを感じさせる"顔"のことだ。「元警官のデリヘル業者」「冷酷な殺人者」「剣呑な警察官」など、薄汚れた現実の中で生きている鬱屈し切った表情、憤怒と虚無、狂気と絶望。そういったものが観るものに伝わってくるリアルな"顔の良さ"があるのだ。オレが邦画が好きでない理由の一つに、日本人俳優のツルンとした生活感の無い綺麗な顔がリアルじゃなくて嫌い、というのがあって、まあいろんなメディアで日本人俳優の顔は見飽きたっていう相対的な話なのかもしれないけど、そういった点で韓国俳優の顔の良さを確認した映画でもあったなあ。