クエンティン・タランティーノ自身による『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』ノベライズ小説『その昔、ハリウッドで』

その昔、ハリウッドで /クエンティン・タランティーノ(著)、田口俊樹(訳)

その昔、ハリウッドで (文春e-book)

1969年、ハリウッド。 俳優リック・ダルトンは人生の岐路に立っていた。 キャリアが下り坂の彼に大物エージェントがイタリア製作のウェスタン映画に出ないかという話を持ちかけてきたのだ。悩みを抱えながらTVドラマの撮影に出かけたリックが現場で出会ったのは……

リックの長年の相棒、クリフは謎の多い男だった。 妻を殺したが罪を逃れ、戦争中には大勢殺したと豪語する男。今日もリックの車でハリウッドを流していたクリフはヒッピー娘を拾い、彼女らがチャーリー・マンソンなる男と暮らす牧場へと向かう……

映画はいろいろ観るし好きな監督もあれこれいるけれども、その中でもクエンティン・タランティーノはダントツに好きな映画監督の一人だ(他はというとアレハンドロ・ホドロフスキーエミール・クストリッツァヤン・シュバンクマイエル辺りかなあ。あ、ザック・スナイダーフィンチャーやノーランも普通に好きですよ)。これまでリリースされたタランティーノ映画のDVDやらBlu-rayやらは全て購入し、DVD棚の一番イイ所に並べてあるぐらいだ。

とはいえタランティーノ映画のどれが一番好きか?と訊かれると悩んでしまう。一番最初に劇場で観た『パルプ・フィクション』は衝撃的に面白かったし続く『キル・ビルVol.1-2』には大いに熱狂させられたし『イングロリアス・バスターズ』は最初から最後まで滅茶苦茶興奮させられた。そして今のところの最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、最初観た時はタラにしてはアベレージかなと思ったが何故かその後じわじわと気になり始め、今やオレのお気に入りのタラ映画の一つだ。で、結局どれが1番だよ?と言われるかもしれないが、ここは「タラ映画は常に最新作が1番!」と返しておこう。

その『ワンハリ』のノベライズを、なんとタラ自身が執筆し、日本でも翻訳されるという。タイトルは『その昔、ハリウッドで』(って映画原題と同じタイトルをそのまま訳したものだが)、オレは早速予約購入しガツンと読了したのだが、いやもうコレが掛け値なしに最高の面白さだった。映画の内容を知っている分スルスル読めるという事もあったが、そこそこ大部だけれどもこの倍のページ数があってもまだまだ楽しめたとすら思えた。

映画のノベライズとはいえ、『その昔、ハリウッドで』は映画の内容をそのまま小説化したものではない。まず映画作品とは相当に時系列を変えて構成されており(だからラストが違う!)、そこにさらに膨大な書き込みが為され、『ワンハリ』の物語をよりディープに濃厚に詳細に物語った小説なのだ。主人公を始めとする登場キャラクターの造形を深化させ、それぞれの逸話がロングバージョンで描かれ、背景に存在する様々な裏設定が挿入され、そして映画オタク・タランティーノによる当時の膨大なハリウッド豆知識が、タランティーノ映画の終わらない無駄話のように延々と語られるのである。

特に気に入ったのは映画に脇役として登場した二人の女性、マンソン・ファミリーのプッシーキャットと、ドラマの子役トゥルーディの素晴らしい追加シーンの数々だ。プッシーキャットはその来歴が加えられ、より淫蕩にクリフと絡む。トゥルーディはその女優魂を大いに加筆され、より可憐にリックと絡むことになる。二人は映画において強烈な印象を残したものの、そのキャラクターの肉付けは多くされておらず、個人的に若干の欲求不満を覚えていたので、小説において幾つかの見せ場が作られ活躍するその姿には大いに満足させられた。

もちろんそれだけではない。映画では数シーンが描かれるだけのリックの出演する西部劇ドラマ『対決ランサー牧場』のその内容を、より詳しく物語った一節が実に興味深かった。それは怨恨に塗れた血腥い因縁の物語なのだが、この物語だけ抜き出して1作の映画なり小説として体験したいと思わせる程に高いクオリティなのだ。また、クリフの秘められた来歴が邪悪に加筆され、映画のイメージを一変させる。そのクリフの映画談議がまた、これはタランティーノ本人なのではないかと思わせるほど微に入り細に穿つ内容で、読んでいてニマニマが止まらない。

そして、そして、映画とはまた違う、非常に心豊かにさせる感動的なラストシーン!「このシーンをラストに持って来たのか!」と驚きそして納得させられる素晴らしいラストで、それはつまり、物語の真のテーマである「映画愛」が、ここにおいて一つに収束し、大団円を迎える部分に胸熱くさせられるのだ。小説内に一瞬だけタランティーノ自身が登場するくすぐりも見逃せない!小説としても破格の完成度で、タラの小説家としての才能にも唸らされた。タラファン、映画ファンのみんなには是非読んで欲しいな!