フィル・ティペットによるストップモーション作品『マッドゴッド』が凄まじかった(グチャドロで)

マッドゴッド (監督:フィル・ティペット 2021年アメリカ映画)

スター・ウォーズ』『ロボコップ』などの名作SF映画において素晴らしいストップモーションアニメを披露し特撮ファンの間で絶大な人気を誇るフィル・ティペットが、その持てる才能と技術を駆使し、なんと構想10年・制作に20年もの歳月を掛けて完成させたストップモーションアニメ作品(一部ライブアクションあり)です。そしてその内容はドロドロした世界でドロドロしたものがドロドロするという究極のドロドロ映画だったのです……ッ!?

【物語】荒廃した未来世界。地下世界に潜り込んだ孤高の暗殺者が、老朽化した地下壕やそこにうごめく不気味なクリーチャーのあいだをくぐり抜け、やがて化け物たちの巣窟と化したこの世の終わりを目撃する。

マッドゴッド : 作品情報 - 映画.com

とても素晴らしい作品でした。これは思い出した時に何度でも繰り返し観たくなる作品ですね。まずなんといっても廃物と汚物に塗れた世界で腐敗した肉のような畸形生物の群れがグジュグジュビチャビチャと蠢いている、そしてそれが手を替え品を替え次から次へとボロボロと登場し、やっぱりグジョグジョとかベチャベチャとか震えている、そのとんでもないイマジネーションとそれを生み出し動かしてしまう丹力に目を見張りました。実はこういう作品って観ていると段々飽きてくるんですが、この『マッドゴッド』に関しては最後まで感嘆しながら観ることができました。

さて【物語】なんて引用しましたが、正直物語的なものはあると言えばある、無いと言えば無いという、この手のストップモーションアニメ作品あるあるの内容です。要は飛びぬけた想像力と技術力を駆使し、あらん限りの丹精を込めどこまでも細部にこだわり、膨大な時間と労力を掛けて製作された工芸品の如き84分間の映像を驚嘆の眼差しで見つめ続ける、というのがこの作品のキモとなります。なにしろ製作に20年掛かったと言いますから、いったいどれだけの手間暇が掛かったのかと想像すると気が遠くなりそうですが、それを遣り遂げ、しかも一級の作品として完成させている部分に敬服させられます。

劇中は台詞が一切なく、冒頭に聖書の引用がされる以外は何のキャプションすら付きません。観る者はただただ眼前に現れては消えてゆく不気味でグロテスクで蠱惑的な情景を凝視しながら、「今目の前で起こっているのはなんであるのか」を想像しなければなりません。これは作り手の想像力に対し観る者の想像力を要求される作品です。だからちょっとでも気を抜くと置いてけぼりにされ訳が分からなくなります。「物語はあるような無いような」と書きましたが、一つの状況の流れは存在しているので、全く物語が無い訳ではありません。ただそれが明示的でないだけです。

では物語があるとすればそれはどんなものなのか?というなら、まず冒頭に引用される聖書の一節に注視すべきでしょう。それは「レビ記」26章27-33節に該当するものです。旧約聖書における「レビ記」26章は「偶像崇拝の禁止と祝福と呪いに関する規定」を記したものです。劇中における27-33節の引用部分では神の律法を軽視した者が呪われておぞましい罰を受け荒野へと追われてゆく様を記しています。即ち映画『マッドゴッド』の世界というのは神の呪いを受け罰せられた者たちが追われた荒野の情景という事ができるわけです。すると天上から降りてきた「アサシン」は「罰する者」という事になり、彼を送り込んだのは「神」という事になります。そして「神」の周りにいる防護服の男たちは「天使の軍団」であり、同様に「アサシン」も「天使」という事になります。

とはいえなぜここまで汚らしくおぞましい世界なのか、というのは、これが旧約聖書の「神」なのではなく、タイトルにある「マッドゴッド=狂った神」が司る、正典にはないもう一つの世界ないし宇宙として作り上げられたものだからなのでしょう。同時にこのタイトルは、このような狂った情景の世界を作り上げた創造者、即ち監督フィル・ティペットが「狂った神の如き存在」である、と諧謔的に示したものでもあるのでしょう。それはフィル・ティペットが敬愛するヒエロニムス・ボス、あるいはミルトンやダンテの描く地獄を思わせる光景であり、それを「荒廃した未来世界」といった形の現代的でサイバー感溢れるディストピアとして描いたものがこの『マッドゴッド』なのです。

以下、公式HPから作品制作の過程が書かれた部分を引用しましたのでご参考にされてください。

スター・ウォーズ』『ロボコップ』『スターシップ・トゥルーパーズ』シリーズなど、誰もが知る名作の特殊効果の数々を手掛け、アカデミー賞を2度受賞、その後のSF作品に計り知れない影響を与えた巨匠フィル・ティペット。 今から約30年前、『ロボコップ2』(90)の撮影後に本作のアイデアを閃き、地道に制作を続けていた。だが、『ジュラシック・パーク』(93)で時代は大きく転換し、ティペットの代名詞である手作りの視覚効果から、業界が本格的にCG映像へと移行。「俺の仕事は絶滅した」とプロジェクトは中断された――。 それから20年後。ティペット・スタジオの若きクリエイターたちが奇跡的に当時の人形やセットを発見し、彼らの熱望により企画が再始動する。さらに、クラウドファンディングで世界中のファンからの応援も集まり、2021年シッチェス映画祭で上映され狂喜乱舞を呼んだ。CGに駆逐された<ストップモーションアニメ>の巨匠が放つ、魂の一撃。映画史に反撃の狼煙をあげる、最高傑作がここに完成した。

12/2(Fri)公開『マッドゴッド』公式サイト

蛇足となりますが、去年劇場公開された時は興味こそ沸いたんですが、この手のストップモーション長編映画ってどんなに出来が良くても観ていて疲れてしまうんでパスしてしまったんですよね。で、この間ディスクがリリースされたのでDVDをレンタルしたんですが、最初のシーンを観て「これはDVDの画質で観ちゃ失礼なヤツだ」と判断、DVDはその後観ないで返却し、急遽Blu-rayを購入しての視聴となりました。結果は満足です。とはいえこれだけの作品だとBlu-rayではなく4KUHDの画像で全てを舐め回すように眺めていたい、とすら思わされましたね。