不気味の国のアリス/映画『ヤン・シュヴァンクマイエル アリス』【ヤン・シュヴァンクマイエル週間その5】

ヤン・シュヴァンクマイエル アリス (監督:ヤン・シュヴァンクマイエル 1987年スイス・ドイツ・イギリス映画)

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ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』といえば知らない者のいない英国児童文学の名作でありファンタジー小説だろう。奇想天外であると同時にナンセンス極まりない言葉遊びが駆使されたこの作品は続編も含め多くの国の多くの人々に愛され、多数の映像化作品、派生作品を生み出している。かく言うオレの部屋にも「アリス」絡みの画集が4冊もあったりする。

その『不思議の国のアリス』をアートアニメ界の鬼才ヤン・シュヴァンクマイエルが映画化したものが『ヤン・シュヴァンクマイエル アリス』だ。シュヴァンクマイエルによる輝かしい長編第1作となるこの作品は、原作の持つファンタジックな味わいを大いに奇っ怪に、そしてグロテスクに味付けしたダーク・ファンタジー作品として完成している。作品内ではアリス役の少女クリスティーナ・コホウトヴァー以外に人間は登場せず、殆どがパペットによるストップモーションアニメによって制作されており、その鬼気迫る作りこみは長編第1作にしてシュヴァンクマイエルの集大成であり最高傑作という事ができるだろう。

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アリス役のクリスティーナ・コホウトヴァー

物語は原作を踏襲しながらも巧妙にシュヴァンクマイエル的映像アレンジでもって進行してゆく。なにしろ物語の発端となる「白うさぎ」が薄気味悪い剥製のうさぎとして登場するのだ。その白うさぎを追うアリスが不思議の国へと入り込むのはうさぎ穴ではなく荒野に置かれた机の引き出しからだったりする。ここから始まるのはアリスの悪夢巡りだ。アリスが足を踏み入れるのは汚らしい部屋部屋であり、そこには薄汚れたガラクタが山のように置かれ、ブリューゲルの絵画に出てきそうな醜悪な化け物たちがアリスに襲い掛かってくるのである。

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目が死んでる白うさぎ

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アリスを襲う謎生物

もちろん原作にあるように薬やクッキーを口にしたアリスが大きくなったり小さくなったりするシーンや、お馴染みの芋虫、キチガイ帽子屋も登場し、最後はハートの王女が現れてイカサマクロッケーを始めたりと、『不思議の国のアリス』らしい展開を迎えてゆく。これら全ては、どれも薄汚れた汚らしいパペットを使用したストップモーションでグネグネと蠢き回り、作品のグロテスクさを盛り上げてゆくのである。

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キチガイ帽子屋は操り人形として登場する

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この歯の生えたソックスがどうやら芋虫らしい

物語の舞台となるのはファンタジー世界というよりも老朽化し打ち捨てられた廃アパートのような建物であり、その部屋部屋を行き来することで物語が進んでゆく。部屋ごとに奇妙なクリーチャーがいて奇妙な事件が起こり、アリスはその部屋から脱出するためにパズルを解くような算段を練らなければならない。

こうしてそれぞれのエピソードが部屋単位で展開するために、作品全体が息苦しくなるような閉塞感に満ちている。ストップモーションでチマチマ動くクリーチャーたちの存在、古ぼけた部屋の体裁も、その閉塞感を倍加させる。いったい『不思議の国のアリス』とはこんな閉塞感溢れる物語だったろうか?『ヤン・シュヴァンクマイエル アリス』製作当時シュヴァンクマイエルの故国チェコスロバキアは未だ社会主義国家であり、著しい人権侵害と言論弾圧が為されていたという。シュヴァンクマイエルは、そういった社会体制に反抗し続けてきた映画監督でもあった。すなわち『シュヴァンクマイエル アリス』は、そもそもが不条理極まりない原作『不思議の国のアリス』をさらに奇怪でグロテスクな美術によって塗り込め、当時のチェコスロヴァキア社会の不条理さと閉塞感を映し出そうとした作品だったのではないだろうか。

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  • 発売日: 2005/02/23
  • メディア: DVD