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日本での第一回発売のアルバムは、記憶では日本独自編集の「クリア・カット」、キャバレー・ボルテール、ペレ・ウヴ、ロバート・ワイアット、そしてこのヤング・マーブル・ジャイアンツあたりだったと思う。それまでのロック、そしてパンク・ミュージック、さらに後を続くニュー・ウェイブの音と、このラフ・トレードの音が決定的に違っていたのは、マス・プロダクションの介入を拒否した徹底した現地主義で、既存の音楽の枠組みや商業主義には囚われない、斬新でオリジナリティ溢れ、アーティスト独自の芸術性を重視した、作りたい物を作る、という自由なあり方からだったし、そしてそれが、まさに奇跡のように成功した、音楽とアーティストにとっての幸福な蜜月時代でもあったのだった。
玉石混合とはいえ、そこからは、それまでの音楽のあり方を変える革新的なアイディアと、大手レーベルのアーチストでは決して無しえないユニークな作品群を多数輩出していたと思う。そしてこの流れは、今でもクラブ・ミュージックの基本的な流通の根幹になっているのではないだろうか。
そして、このヤング・マーブル・ジャイアンツ。女性ボーカル一人、そしてベースが一人、ギター&オルガン担当が一人。ドラムは無く、リズムをキープするのはチープでシンプルな音のするリズムボックスが一台である。ギターはほとんどリズムだけを刻み、ベースはそれを寡黙にサポートする。ボーカルの女の子は音程は不安定だが、感情の差し挟まれない単単とした呟くような歌声を終始聴かせる。当時は「ヘタウマ・ボーカル」なんて言われていた。時々挟まれるオルガンの音は国籍不明な音階を響かせ、どこか遊園地のBGMみたいだ。
音数は少ない。あまりにも淡白な音である。激情でも、高揚でも、憂鬱でもなく、ただ毎日が当たり前に過ぎて行く事を、簡単にメモしただけのような音楽。日常そのものを、スケッチ、というより、クロッキーした音楽。なぜなら日常の瑣末なディテールを偏愛する為のフェティシズムとは無縁だからだ。おはようとおやすみの音楽。曲名も、「サラダの歌」とか「ジュークボックスの歌」とか「「夜の歌」とか徹底してありふれたことのみを歌う。手元足元の音楽。今日を淡々と生きるための歌。
かといって、サロン・ミュージックやカフェ・ミュージックの退屈さや紋切り型とも無縁だ。静かな音だけれどありがちなヒーリング・ミュージックやアンビエント・ミュージックに堕していない。それは構成する音の響きのかすかな稚気にあるのだと思う。シンプルだけれども硬質なリズムギターの響きは叙情を奏でるものではなく音に明確なアクセントをつけているし、なにより、リズムボックスの音があまりに可愛らしい。
このヤング・マーブル・ジャイアンツの音に一番近い音を出しているアーチストを一人知っている。それはアンビエント以前のブライアン・イーノである。静寂の中の饒舌。高尚のように見えて、じつは遊び心溢れる音楽。その基本は稚気であり、自由さだ。さらに、彼等が今の時代に音楽をやっていれば、MumやROYKSOPP みたいなオモチャ箱のオモチャで音を奏でたようなエレクトロニカになっていたのだろう。
音楽に高揚や叙情ばかり求めるのはかなり勘違いしてるんじゃないかと思う事がある。ちょっとした早足で歩くのが心地良い、程度の心地よい音楽。晴れた日も雨の日も、今日という日はあり、また、明日はあるのだろう。今日の楽しさは明日憂鬱に変わるのかも知れないし、また、今日の悲嘆は明日にはいい知らせになっているのかもしれない。でも、いつものように朝目覚め、仕事をし、ご飯を食べ、友人や、恋人や、あるいはあかの他人と接し、そしてお風呂にはいって、また眠る、こんな日常だけは決して変わる訳ではない。毎日は同じで、毎日は違う。そしてその逆もまた可なり。これが、生きている事、生きていく事なのだと思う。淡々と、でもしっかりと生きていたい。そんな、いつもの日常に飾る、路傍で摘んだ一輪の野花。ヤング・マーブル・ジャイアンツとは、そんな音を奏でる音楽家たちだった。
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