チェコのコミック作品『ぺピーク・ストジェハの大冒険』が最高に素晴らしかった

ぺピーク・ストジェハの大冒険 /パヴェル・チェフ (著)、ジャン=ガスパール・パーレニーチェク、髙松美織 (訳)

ペピーク・ストジェハの大冒険

同級生達から吃音をからかわれ、重い気持ちで学校生活を送っているペピーク・ストジェハ。 春が待ち遠しい冬のある日、彼は道端で青い小石を拾う。それからというもの、彼のくすんだ日々が生き生きとし始める。不思議な本との出会い、転校生の少女エルゼヴィーラとの交流……。 ところが、そんな幸せな日々も長続きはしない。ある日、突然、エルゼヴィーラが姿を消してしまったのだ。ペピークは意を決し、彼女を探す冒険の旅に出る。

◆吃音で悩む少年の大冒険を描いた美しい色彩の幻想的なチェコ・コミック / サウザンブックス

オレとチェコ

チェコといえば思い浮かべるのは、酒好きのオレからすればまずチェコ・ビールだろう。チェコ・ビールのピルスナー・ウルケルは飲み屋で見つけたら必ず注文する実に美味いビールだ。SF好きのオレからするなら、最近読んだチェコSF集はとても読み応えがあった。1集2集と出ているのでSF好きの方は是非読まれるといい。なんと言っても「ロボット」の語源はチェコSFから来ているのだ。映画好きのオレにとってチェコ映画といえば、オレはヤン・シュヴァンクマイエル監督の大ファンで、彼のシュールな長編作品は全て観たぐらいだ。イジートルンカカレル・ゼマンといったアニメ監督も忘れ難い。

そんな具合にオレの趣味や生活にとても豊かな彩を添えてくれるチェコから、今度はコミック作品が刊行されるという。しかも日本でチェコ・コミックが刊行されるのはなんとこれが初なのだとか。タイトルは『ぺピーク・ストジェハの大冒険』、オレはアメコミやバンドデシネといった海外コミックを読むのが結構好きなので、これは是非読んでみたいと思った。この作品は出版に際してクラウドファンデング・プロジェクトが組まれており、オレは早速それに参加、その後目出度くプロジェクト達成となった。リターンとして完成した書籍が送られてきたが、読んでみるとこれがもう想像を超える素晴らしさで、クラウドファンデングに参加したことに誇りすら覚えたほどだった。

美しいグラフィック、驚異に満ちた冒険

物語の主人公はおそらくチェコに住んでいるのであろうぺピーク・ストジェハという名の少年だ。彼はとても心優しい子なのだけれど、吃音で悩んでいて、そのせいもあってかとても内向的で、学校でも友達がいなかったりする。でも彼はとても本が好きで、その目くるめくような想像の世界にいるときにだけ、彼は自由で、豊かな喜びを覚えている。そんな彼がある日、エルゼヴィーラという名の、青い目のとても美しい転校生の少女と知り合う。彼女との心豊かな日々を送るぺピークだったがそれが一転、エルゼヴィーラが突如失踪してしまう。「ぺピーク助けて!」という書置きを残して。そこからぺピークの、驚異に満ちた大冒険が始まるのだ!

まず驚かされるのはその美しく幻想的なグラフィックだ。ブルーを基調とした暗い寒色で占められながら、その濃淡の閾値は奥行きがあり、しっかりとした質感と空気感を感じさせる。読んでいて、その世界に迷い込んでしまいそうな錯覚を覚えさせる。グラフィックはどれも柔らかく優しい描線で描かれ、変幻自在なそのフォルムは高い技巧を感じさせながらも親しみやすく、コミックというよりも優れた絵本を読んでいるような気にさせるのだ。枠線を意識しないコマ割りや、素朴さを感じさせるフォント選びもそれを際立たせている。このフォント選びは手書きだった原書を日本語翻訳サイドにより選択したものだというが、これは大成功だろう。

一人の少年の成長の物語

そして描かれるのは異世界の旅を通じての一人の少年の成長の物語であり、同時に「想像する力」が人にどのような祝福を与えるのかを示唆したものだ。自らに引け目を感じ常に物怖じしながら生きていた少年が、異世界に囚われた少女を救出するため、遂にそこに一歩を踏み出す。ぺピークが足を踏み入れた異世界は、荒れ狂う海の只中に在る暗い樹海に覆われた孤島であり、そこは孤独と不安と恐怖に満ちた世界である。そしてそれはぺピーク自身の内面世界であり彼が彼の生きる世界に映し出した鏡像でもある。その不可能に満ちた世界を踏破しなければ、エルゼヴィーラを救うことはできないのだ。

主人公ぺピークがこの不可能な冒険を成そうと一念発起したのは、少女エルゼヴィーラへの強い信頼と思慕の念によるものだ。ここからこの作品を少年少女の物語として読むのは可能だが、だがエルゼヴィーラはぺピークにとって単なる「素敵な女の子」だけの存在だったのか。思うに、常にピペークの傍にいて彼を肯定し力づけていたエルゼヴィーラは、ぺピークのアニマとしての存在だったのではないのか。そのアニマはぺピークの持つ豊かな想像力といった側面であり、その救出とは即ち自己救済であるということなのだ。想像力によって自らの人生を、困難な現実を克服する事、それがこの物語のテーマなのだと思えてならない。

そういった部分で、子供が読んでも十分楽しめる作品だが、むしろ大人にこそ、強い訴求力を持つ作品ではないだろうか。このような素晴らしい示唆に富んだチェコ・コミック『ぺピーク・ストジェハの大冒険』、店頭では6月ぐらいに並ぶ予定らしいので、見かけたら・あるいは予約して、その豊かな表現の一端に触れてもらいたい。