■イップ・マン外伝 マスターZ (監督:ウエン・ウービン 2018年香港、中国映画)
いわゆる”カンフー映画”についてはまるで暗いのだが、このジャンルを愛しているファンには少々嫉妬心めいたものがある。
子供の頃リアルタイムでブルース・リー体験をしたオレだが(小学4年生だったかなあ)、その後のカンフー映画ブームには乗り切れず、だからジャッキー・チェン映画あたりは全て素通りしていた。
「え、カンフー映画面白い」と気付いたのはジェット・リーがハリウッド進出したりチャウ・シンチーが流行ったりした頃である。その頃には香港カンフー映画は下火にはなっていたようだったが、ちょっと調べると長年カンフー映画ファンをやっている方の熱いブログがちらほら検索出来て、そしてそういった方のお勧めカンフー映画は確かに面白く、非常に参考になったりしていた。
だがそれでも、数十年分のカンフー映画史はオレには既に追うことのできる量ではなく、全貌を知る事はもはや無理だと思った。そしてそれらカンフー映画の傑作名作珍作をとことん享受し楽しんでいたカンフー映画ファンというのは、オレにはとても羨ましい存在だったのである。
だがその後、このオレがリアルタイムで「ノレる」ことのでき、ファンと名乗ることのできるカンフー映画が公開されたのである。それがドニー・イェン主演作『イップ・マン 葉問』だった。ブルース・リーの師匠と知られるイップ・マンを主人公にしたこのシリーズ作は主演ドニー・イェンのこれまで全く見たことの無い凄まじい身体能力と俳優としてのカリスマ性からオレを十分に魅了してくれた。オレは今でもカンフー映画ファンというものではないが、現在進行形でカンフー映画を楽しませてくれるドニーさん映画には一目置くことにしているのだ。
そんなドニーさんの主演作『イップ・マン』の外伝が登場だという。イップ・マン・シリーズ第3作『イップ・マン 継承』でドニーさん演じるイップ・マンとほぼ互角の戦いを見せたチョン・ティンチ(マックス・チャン)を主役に据え、『イップ・マン外伝 マスターZ』というタイトルで公開されるという。おおこれは観たい。という訳でオレはいそいそと劇場に足を運んだという訳である。監督は『スネークモンキー 蛇拳』『ドランクモンキー 酔拳』といった傑作カンフー映画監督のみならず『マトリックス』3部作や『キル・ビル』の武術指導を務めたこともあるベテラン、ユエン・ウービン。
物語は『イップ・マン 継承』のその後のチョン・ティンチを描くものだ。舞台は60年代末の英国植民地支配下にある香港、イップ・マンとの戦いに敗れたチョンは詠春拳を捨て、小さな食料品店を営み息子と二人ささやかな毎日を送っていたのだ。しかしある日暴漢に襲われていた二人の女性を救ったことから彼の運命は大きく変わりだす。暴漢たちの正体は町を牛耳るマフィアたちであり、チョンに手ひどくやられたことに恨みを持ち陰湿な報復に打って出たのだ。それは次第に街を覆う麻薬密売事件、英国警察まで関与する陰謀へと関わってゆくことになるのだ。
物語それ自体は特に新しいものではない。美女を救って面倒に巻き込まれるヒーロー、街のごろつきとの報復合戦、腐った警察機構との戦いなど、ノワールでもハードボイルドでも時代劇でも西部劇でも、何度も語られてきたような物語と言えるかもしれない。主役のチョンはお約束ともいえるアウトローめいた男で、終始無口だが戦わせると滅法強い。戦いの最中友情や仄かな愛情が芽生えたり、敵の報復に完膚なきまで叩き潰された後に復讐の炎を燃やして再び立ち上がったりと、定番のモチーフが物語られるだけだ。新しいと言えば主人公に小さな息子がいたりとか、敵マフィアの首領が女性であるとかそういった部分か。
とはいえド定番の物語だからこそ安心して観られるだけでなく、そこに盛り込まれるアクションの壮絶さと切れとスピード感はこの映画ならではといっていいものだ。なにしろチョンを演じるマックス・チャンのアクションがとことんいい。小柄で細面にも関わらずいざ格闘となるとスピード頼りだけではない重量感のある攻撃を見せ、「殺しにかかっている」ことがありありと伝わってくる。しかも詠春拳を自ら封じているという設定により『イップ・マン 継承』とはまた違ったアクションを見せる。そして遂にその封印を解いた時の鬼神の如き戦いがさらに圧巻なのだ。
敵役もいい。まずタイ・アクション界のスター、トニー・ジャーの参戦が嬉しい。オレは実はカンフー映画自体よりもトニー・ジャー映画を愛し続けてきた男なので、彼の出演作であるというだけでもこの作品は見逃せない。そしてマフィアの首領役ミシェル・ヨーの女性ならではの華麗なる殺陣がこれまた魅せる。しかしこの人は美人だ、そして驚くことにオレと同じ年齢だというではないか。凄い。ラスボスとして登場するのは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズ、そして『ブレードランナー2049』の出演があるWWEスーパースター、デイヴ・バウティスタだ。この重量級の体躯を持つファイターとチョンがどういった戦いを見せるのかが今作の最大の見所となるのだ。
アクションのみならず60年代香港のネオン輝く風俗街とそこで生きる人々を中心に据えたドラマもまたいい。正編である『イップ・マン』は品行方正な主人公のせいか真っ当すぎる舞台ばかり描かれたが、この作品にあるのは夜と闇の世界に生きる人たちの物語でありノワールの舞台として申し分ない。ここで語られる正義は市民としての正義なのではなく生存のためのギリギリの正義なのだ。またそういった舞台のあり方が『イップ・マン』と完全に差別化されており「外伝」と名付けられているにも関わらずあたかも「新章」の如き印象すらある。
といったわけで褒める部分しか見つからない相当に優れた、そして十分に興奮することのできるカンフーアクション映画作品だった。この完成度ならば続編製作もあるやもしれず、その時はまたトニー・ジャーとミシェル・ヨーの参戦があると嬉しい所だが、今度はイップ・マン/ドニー・イェンが客演という形で『マスターZ』の物語を盛り上げてくれてもいいかもしれない。楽しい映画だった。