劉慈欣『三体0【ゼロ】球状閃電』は『三体』とは全然関係ないけどなかなか面白かった

三体0【ゼロ】球状閃電 / 劉慈欣 (著)、大森望(訳)、光吉さくら(訳)、ワンチャイ(訳)

三体0【ゼロ】 球状閃電

14歳の誕生日の夜に“それ”に両親を奪われた少年、陳。謎の球電に魅せられ、研究を進めるうちに、彼は思いも寄らぬプロジェクトに巻き込まれていく。史上最強のエンタメ・シリーズ『三体』三部作で描かれたアイデアやキャラクターが登場する、衝撃の前日譚!

2022年の暮れに劉慈欣のSF長編が突然訳出されたというからこれは暮れで忙しかろうが何だろうが読まねばならないのである(読み終わったのは去年)。タイトルは『三体0【ゼロ】球状閃電』(以下『球状閃電』)、帯の惹句が《『三体』三部作はここから始まった!》とかなんとかなっていて、あの『三体』の前日譚が書かれたのか!?と思ってしまうが実はそんな事では全然ない。

もともとは『三体』発表以前の2005年に劉慈欣の2作目の長編SFとして発表されたものであり、原題は単に『球状閃電(球状闪电)』、『三体』の物語とは何の関係も無いのだが、一応『三体』の登場人物で天才物理学者・丁儀(ディン・イー)が登場し重要な役割を演じるといった部分で『三体』と繋がりがある、ということになっているのらしい。まあぶっちゃけ商売上のタイトル付けだが、とはいえオレ自身はこういった商売の仕方は全く気にならないし、むしろ読者が手にしやすくていいじゃないかとすら思う。

さて『球状閃電』は現在でも謎の自然現象とされている「球電」を中心に描かれるSFストーリーである。では「球電」とはなにか。ちょっと長いがWikipediaから引用してみよう。

目撃例の多くは、赤から黄色の暖色系の光を放つものが多いとされている。大きさは10 - 30センチメートルくらいのものが多いが、中には1メートルを超えるものもある。また、移動中に磁性体に吸着する、送電線などの細い金属を熱で蒸発させるなどの特異な性質をもつ。大抵は雷雨の時に現れているが、全く風雨の無い状況での目撃例も存在する。その場合、20 - 30キロメートルほど遠方で落雷が起きていることが多い。発生原理には古典電磁気学を用いたものから量子力学によるもの、単なる眼の錯覚として球電の存在を否定する主張など諸説あり、近年では実験室での生成やビデオ撮影が行われ解析が行われているが、2021年現在は未だ発生や作用原理の証明まで至っていない。

球電 - Wikipedia

内容は球電の謎に憑りつかれた研究者男女がその発生原理を解明しさらに兵器として応用すべく球電捕獲に乗り出すといったものだ。中心となる舞台は中国軍の新概念兵器開発研究機関であり、即ちこの物語は「中国人民解放軍秘密兵器開発秘話」だということができる。時代的には近過去から近未来までが描かれていると思われる。つまりほとんど現代的な科学技術と自然科学理論を基にしながら、現在でも未だ解明されていない球電の謎を物語内で解明してしまうばかりか、そこから導き出される理論により兵器として流用する方法を描き出す、という、実は結構とんでもないことをやってのけているのがこの『球状閃電』なのだ。

さらに凄いのはその「解明された謎」というのが、現在幾つか挙げられている仮説を応用したものでは全く無く、「科学的に説明はしているがどこまでホントなのか分からないトンデモ理論」であり、いわば最も有り得ないものだろうが(とはいえ絶対ないとも言えない)、しかしSFとして読むならとことん美味しい大法螺大風呂敷理論が用いられているのだ。この大風呂敷の拡げ方はあの『三体』と共通する部分であり、まさに「劉慈欣節」炸裂!といったところだろう。

そして「劉慈欣節」はそれに止まらない。『三体』3部作がSFとして描けることをとことんまで描きつくしたように、この『球状閃電』でも球電発生におけるトンデモ理論がさらなるトンデモ理論を呼び、もはや宇宙そのものの形成に関わるであろう部分にまで踏み込んでいるのである。そういった意味でスケールやテーマに違いはあるにせよ「『三体』の劉慈欣の描いたSF長編」として十二分に満足できる優れた作品として読むことができるだろう。ちなみに主要人物の一人は「殺戮兵器に魅せられた美人すぎる女性軍人」といういかにも劉慈欣が好きそうな女性キャラクターで、ニマニマさせらること必至である。