ジョーカー:キラースマイル / ジェフ・レミア (著)、平井悠太郎・飯田ねり(訳)
アーカム・アサイラムに勤務する精神科医ベン・アーネルは、収容されたジョーカーを被験者に新たな学説の確立に意欲を燃やす。注意を促す周囲の声をよそに研究に没頭するアーネルは、やがて奇妙な感覚に囚われ始め、息子が持っていた一冊の絵本から、その懸念は現実のものへ……。 ジョーカーは塀の中にいたはずなのに、一体なぜ、いつから……。 ジョーカーに深入りしたばかりに己を失っていく精神科医の姿を通し、自我とは何かという根源的な命題に鋭く切り込むジェフ・レミアの意欲作。
ジョーカーに関わってしまったばかりに狂気に取り込まれてしまった精神科医、というとジョーカーの恋人ハーレイ・クインを思い出してしまうが、コミック『ジョーカー:キラースマイル』はその精神科医を男性として描き、 ハーレイ・クインの物語とはまた違った展開を持つ狂気の物語として描いているのだ。
アーカム・アサイラムに勤務する精神科医ベンはジョーカーと面談を繰り返すうちに奇妙な幻覚を見るようになる。それは殺戮をほのめかす息子の絵本、トイレの中の死体、血を流して笑う彼の家族、スーパー・ヴィランがたむろするダイナーで供される自分の生首。次第にベンは現実と非現実の区別がつかなくなり、その狂気は遂に暴走し始める。
この物語で主人公ベンはジョーカーの企みにより狂気に至ったという描かれ方をしていない。むしろジョーカーとの面談によりその狂気に取り込まれ伝染し自らも狂気に至ってしまったのだ。ジョーカーの狂気により深く近づいてしまったものが至る精神崩壊といった点でハーレイ・クインの物語と同等ではあるが、愛の形で結実せずひたすら破滅へとひた走ってゆくその展開には冷え冷えとした恐怖だけが横たわる。
グラフィックは一部作者の描いたもののようだが、殆どで写真加工したものを使用しているように思えた。このグラフィックが物語全体に奇妙に殺伐とした冷たい感触を加味する効果を上げている。また、単行本は本編『キラースマイル』の他に続編となる『バットマン:スマイルキラー』を同時収録、これがまた現実とも非現実とも取れる異様な物語展開を成しており、不気味な「バットマン・ストーリー異聞」として完成している。