タイムループをテーマにした傑作SFラブコメディ映画『パーム・スプリングス』

パーム・スプリングス (監督:マックス・バーバコウ 2020年アメリカ・香港映画)

f:id:globalhead:20210417144139j:plain

 「タイムループもの」 というSFジャンルがある。登場人物が何らかの理由により、あたかも針飛びを起こしたレコードのように同じ時間帯を何度も体験し、そこから抜け出られない、といった物語だ。現実にはまずあり得ないシチュエーションが独特の不条理感を生み、このジャンルの映画作品では『オール・ニード・ユー・イズ・キル』や『ミッション:8ミニッツ』といったSF作品、『トライアングル 殺人ループ地獄』や『ハッピー・デス・デイ』といったホラー作品など、ユニークな秀作が多い。

映画『パーム・スプリングス』はそんな「タイムループもの」に新風を巻き起こすかの如き傑作映画だ。物語の舞台はロスアンゼルスから車で2時間の場所にあるリゾート地パーム・スプリングス。ここで執り行われた結婚式である男女が知り合うが、二人はその日一日を何度も繰り返すという不思議な現象に取り込まれてしまう。二人の名はナイルズ(アンディ・サムバーグ)とサラ(クリスティン・ミリオティ)。最初戸惑っていた二人はしかし、次第にこの「終わらない永遠の一日」を楽しみ始めるのだ。

それにしてもタイムループものに対する興味の尽きなさというのはなんなのだろう。例えばギリシャ神話『シーシュポス』では神々の罰により巨岩を山の上に運んではそれが落とされる、ということを何度も繰り返させられる男が登場する。この徒労に塗れた果てしない不条理は「生きること」の暗喩でもある。終極において死を迎えるだけでしかない「生」の中で、無為と知りながらそれでも人は生きること、日々の生活を繰り返すことを止めることはできない。しかしそれは「責め苦」なのだろうか。「生」とはそもそもが不条理でしかないものなのだろうか。

映画『パーム・スプリングス』において主人公男女はループする「終わらない永遠の一日」を謳歌する。そこには「死」はなく(死んでもまた元の一日に戻るだけだ)、「死」がないのだから生きるためにあくせくする必要がない。だから二人は同じ一日をとことん楽しみ尽くそうとする。陽光豊かなリゾート地で繰り返されるその日々は「不死の楽園」とも言えるだろう。ただし同じ一日に固定されそこから脱出できない「生」は即ち「牢獄」でもある。「楽園」でもあり「牢獄」でもある「生」。こうして主人公二人は次第にアンビバレンツの中で引き裂かれてゆく。

生きることは毎日同じことを律儀に繰り返してゆくことの連続でもある。生活に規範を設けそれに則り己を律し、イレギュラーな事件や事故があったとしてもそれに真摯に対処し再び均衡のある日々に戻すべく尽力すること。それは「日常」ということであり「日常感覚」ということだ。そうして人はその「日常感覚」の中でかりそめの「永遠」を、すなわち「幸福」を守り通そうとする。

主人公ナイルズはタイムループに囚われ数え切れない程の「永遠の今日」を生きてきた。それは数世紀を生き続けた不死者バンパイアの如き腐り切った倦怠へと堕するに当然の日々だったろう。しかし彼はそれを不条理と知りつつあくまで日常を固守し明るく軽やかに「永遠の今日」を楽しみ続けようとする。それはとても人間的行為だとオレは思う。

一方サラはこれが牢獄だと認識しそこから脱出しようと画策する。囚われの中の安寧に堕する事なく、そこから自由であろうとする事、それもまた人間的行為なのだ。何も変えたくないというナイルズと変えてゆきたいというサラ、それは人の生き方の命題でもある。頑固に一つの「日常感覚」を固守するのか、それとも認識を刷新しながら不定形な未来を見据えようとするのか。ただ一つ言えることは、「永遠の今」に「未来」は含まれないという事だ。愛という名の普遍的な感情の中で、「今」を固守しようとする男と「未来」を夢見たいという女、そしてそんな二人がどう歩み寄っていくのか。映画『パーム・スプリングス』はそんな物語なのではないかと思うのだ。 

ミッション:8ミニッツ [Blu-ray]

ミッション:8ミニッツ [Blu-ray]

  • 発売日: 2013/01/23
  • メディア: Blu-ray
 
トライアングル [DVD]

トライアングル [DVD]

  • 発売日: 2011/12/22
  • メディア: DVD
 
シーシュポスの神話 (新潮文庫)

シーシュポスの神話 (新潮文庫)

  • 作者:カミュ
  • 発売日: 1969/07/17
  • メディア: 文庫