『ウォッチメン』とDCユニバースとの邂逅/『ウォッチメン』続編作品『ドゥームズデイ・クロック』

ドゥームズデイ・クロック/ジェフ・ジョーンズ (著), ゲーリー・フランク (イラスト), 中沢 俊介 (翻訳)

ドゥームズデイ・クロック (ShoPro Books)

ウォッチメン』の結末から7年後、世界は再び核戦争の危機に直面していた。人類を救うため、オジマンディアスとロールシャッハは、ドクター・マンハッタンを探し求めてDCユニバースへとたどり着く。しかし、DCユニバースもドクター・マンハッタンによる歴史改変の影響で、かつてない危機を迎えていた…。歴史的傑作『ウォッチメン』の正統続編にして、DCユニバースの歴史を揺るがす大作が堂々刊行!

80年代米ソ冷戦構造の只中を舞台に、「誰が見張り(正義のヒーロー)を見張るのか?」というテーマで描かれたアメリカン・コミックの問題作、『ウォッチメン』。その背景にはベトナム戦争ウォーターゲート事件など、「アメリカの正義」が潰えた時代における「正義」の本質を問うた作品でもあった。映画化作品はザック・スナイダーが監督し、最近でもTVドラマ化されるなど、非常に話題の尽きない作品だった。

その『ウォッチメン』の続編として描かれたのがこの『ドゥームズデイ・クロック』である。『ウォッチメン』のラストから7年、オジマンディアスによる狡猾な策略により世界は一旦平和によって結ばれていたが、またしても終末戦争の危機が訪れようとしていた。この危機を回避する鍵は行方不明となっているドクター・マンハッタンであると悟ったオジマンディアスは新生ロールシャッハらと共に彼を追跡するが、行きついた先は別の並行宇宙であり、そしてそこはバットマンやスーパーマンが存在するDCユニバースだったのだ。

つまりこの『ドゥームズデイ・クロック』、ウォッチメン・ミーツ・DCコミックキャラクターという作品になっているのだ。それにより、『ウォッチメン』キャラのみならず、ヒーローやヴィランも交えたDCコミックキャラクターが大挙登場することになる。当然DCユニバースの中心となるのはバットマンとスーパーマンであり、さらにジョーカーらも登場し、ウォッチメン・キャラと絡むことになるのである。

それだけでは単なる「人気キャラ大集合フェスティバル」でしかないのだが、DCユニバースでもやはり世界の危機が迫っていた。バットマンらメタヒューマン(スーパーヒーロー)に対する糾弾が本格化し、さらに各国はメタヒューマンを使用した軍拡競争に突入していた。併せてスーパーヴィランが結託し一つの国家を作り、世界に宣戦布告を開始したのである。そしてここでも鍵を握るのがドクター・マンハッタンであり、オジマンディアスの暗躍であった。果たしてバットマンとスーパーマンに打つ手はあるのか?といった内容がこの物語である。

ウォッチメン』において背景となったのは80年代まで続く米ソ冷戦構造だった。そしてソ連が崩壊し核軍縮が推し進められた90年代以降を舞台とした『ドゥームズデイ・クロック』ではそれが世界の軍拡競争の脅威となる。それはポスト冷戦時代における新たな難題だ。さらに「中東に一個の国家を作り集結したスーパーヴィラン」とはテロ支援国家やアルカイーダ、ISILに代表される過激派テロ組織の暗喩であろう。『ドゥームズデイ・クロック』はこういった世界の新たな対立構造を抉り出し、冷戦時代よりもなお一層混沌とした世界観を提示することとなる。

「誰が見張り(正義のヒーロー)を見張るのか?」というテーマは『ウォッチメン』から派生しマーベル作品『アベンジャーズ』でも見られるが、この『ドゥームズデイ・クロック』においてもDCヒーローを苛むこととなる。もはや単純な善悪二元論的な価値観は崩壊し、何が善で悪なのか判別しない曖昧さが作品世界を覆う。しかしこのテーマ自体は旧来的なコミックヒーロー像を批評し新たなヒーロー像を確立するための過渡的な方法論であろうと思う。先ごろ読んだ『バットマンホワイトナイト』も丁度そのような作品だった。

そういった部分で、この『ドゥームズデイ・クロック』は『ウォッチメン』の再話ありDCユニバースを使った変奏曲であり、そのどんよりと暗く濁った物語展開は周到に『ウォッチメン』のテイストを踏襲している。とはいえその『ウォッチメン』的な複雑さと理屈っぽさは、重い緊張感はあるにせよ爽快感に欠け中盤までは読み進めるのに苦労させられた。しかしこの物語は佳境に入るにつれ新たな局面を見せることになる。それは「そもそも多世界解釈的に存在するヒーロー・ユニバースとはなんなのか」ということをメタ視点から語り始める部分だ。

ヒーローたちの存在する世界はなぜそれぞれが別次元であったり同一世界であったりするのか、というのは実のところ商業上の理由ではあるが、それを一つの「物語」として説明しようしたのが実はこの『ドゥームズデイ・クロック』であったのだ。こういったメタ視点物語であることから、この作品はヒーローストーリーの為のヒーローストーリーとも言え、アメコミに特に思い入れの無い方にはそのカタルシスが伝わり難いかもしれない。しかし同じく深い思い入れのないオレですらも、「よくもまあここまでもってまわった方法でこんな結末に辿り着いたな」とちょっと驚いたのは確かである。そういった部分では「重厚な力作」と言っていいだろう。でも次はもっとスカッとしたアメコミが読みたいな……。

ドゥームズデイ・クロック (ShoPro Books)

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WATCHMEN ウォッチメン(ケース付) (ShoPro Books)

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