世界最速の男・フラッシュはある日、改変された並行世界に堕とされる。そこはアクアマン勢力とワンダーウーマン勢力が熾烈な戦いを繰り広げ、世界を破滅に導こうとしていたもう一つの世界だった――。DCコミック『フラッシュ・ポイント』はそんな恐るべき世界を描いたコミックだったが(拙レビューはこちら)、この物語に登場し、その設定の改変ぶりに大いに驚かされたのがバットマンの存在だった。
改変世界のバットマン。彼の正体は、かつて両親を暴漢により殺害されたブルース・ウェインではない。改変世界のバットマンの正体は、かつて息子ブルースとその妻を暴漢に殺された、ブルースの父、トーマス・ウェインが、犯罪者への復讐を誓ってマスクを被った姿だったのだ。トーマス・ウェイン・バットマンは、真実の世界のバットマンと異なり、ヴィランを殺害することもためらわない冷徹なヒーローとして登場する。彼は、正義のヒーローというよりは、憤怒と虚無に身も心も焼き尽くされた暗黒の騎士なのだ。
そしてこの『フラッシュポイント:バットマン』では、そんな改変世界のバットマンの、もう一つの、そしてあまりにも恐ろしい、【地獄】が描かれているのである。その物語、『バットマン:ナイト・オブ・ベンジャンス』 で、バットマン設定の改変は、『フラッシュ・ポイント』以上に事細かく描かれている。トーマス・ウェインがカジノを経営していたり、スーパーヴィラン・ペンギンがこの世界ではトーマスの右腕として辣腕を揮っていたり、ゴードンがウェイン警備会社の社員だったりする。そしてそのゴードンはこの物語で…。
しかし、最も驚愕すべき改変は、スーパーヴィラン、ジョーカーである。この世界でもやはり冷酷無比な犯罪者として登場するジョーカーであるが、その正体がこの『バットマン:ナイト・オブ・ベンジャンス』で明かされることになるのだ。その正体こそが、実は、バットマンが背負う、もう一つの恐るべき【地獄】なのだ。それがどんなものなのかはこのコミックを読んでいただくしかないが、改変世界ならではの、オリジナル設定を逆手に取った飛躍した想像力の賜物であることは間違いないだろう。そして物語の暗さはこれまで読んだバットマン・コミックの中でも群を抜くものであり、物語を読み終えた後の遣り切れなさはあまりにも深い。ある意味バットマン・ストーリーの最高傑作の一つとして数えられてもいいのではないだろうか。
さてこの『フラッシュポイント:バットマン』には『バットマン:ナイト・オブ・ベンジャンス』以外にも2つの『フラッシュ・ポイント』のサイド・ストーリーが収められている。ひとつはメトロポリスの地下研究施設に幽閉された改変世界スーパーマンの物語『プロジェクト・スーパーマン』、もう一つはアマゾン族と地球を破滅に陥れる戦いを繰り広げる海底帝国アトランティスの帝王アクアマンを描く『エンペラー・アクアマン』。この2作に関しては『フラッシュ・ポイント』を読んでいないと分かり難い部分があるため、是非『フラッシュ・ポイント』と併せてお読みいただきたい。『フラッシュ・ポイント』自体が傑作なので、決して損はしないだろう。