以前も書いたことがあるが10代の頃のオレのロック・スターはデヴィッド・ボウイでありロキシー・ミュージックであった。今回はその、1971年に結成されたイギリスのロック・グループ、ロキシー・ミュージックについてゴチャゴチャと書くことにする。
ロキシー・ミュージックの音を表現するのは微妙に難しい。まずロックという言葉から連想するマッチョさが全くもってゼロで、かといってゲイ・アンセムというものではないし、ボウイと一括りにグラム・ロックという呼び方もされていたがグリッターじみてたのは初期だけだし、アーティスティックではあるがアート・ロックと呼ぶほど格調高くないし、ひねくれたポップではあってもシニカルではないし、ラブ・ソングが多いけれども生臭さが無いし、そもそも美女が並ぶアルバムジャケットをあれだけ量産しておいてリビドーを感じない。
じゃあなんなの?というとそれら「そうじゃないもの」の総体がロキシー・ミュージックということになるだろうか。つまり、様々なものに批評が成され距離を置いた部分に存在しつつ独自のセンスと美意識に溢れた音を奏でるのがロキシー・ミュージック、ということになる。この「批評的」という部分、その批評の中核にあるインテリジェンス、そして「独自のセンスと美意識」という部分においてはまさしくイギリス的でもあり、ある意味これこそが本当の「ブリティッシュ・ロック・バンド」という事なのかもしれないとも思う。
それと併せてヴォーカルであるブライアン・フェリーの独特の歌唱法がロキシーの最大の魅力だろう。フェリーの歌唱法は「こぶしを回さない演歌」の如きものであるとどこかで聞いたことがあるが、フェリーの歌が演歌ということではなく、演歌歌手に顕著な巧みな倍音の使い方をフェリーもまた会得しているということなのだ。キング・クリムゾンのオーディションには雰囲気が合わない為に落ちたが、ロバート・フリップにヴォーカリストの道を後押しされたという逸話にはそういう部分があるのだと思う。
とかなんとか書いてみたが、オレが10代の頃にロキシーの音から感じ取っていたのは、単純に「いい感じに美意識の強いロック/ポップ・ミュージック」ということだった。あと、やはりラブソングの、音のみならず詩のクオリティが高かった(ブライアン・フェリーのソロは10代のオレが最も聴き込んだラブソングだった。『愚かなり、わが恋』なんてもう涙無しで聴けない……)。それと『ヨーロッパ哀歌』や『イン・エヴリ・ドリーム・ホーム・ア・ハートエイク』あたりのヨーロッパ耽美頽廃の薫りが実に香しく思っていた。
とはいえそこまで好きだったにもかかわらず、実は相当長く続けているこのブログでロキシー・ミュージック/ブライアン・フェリーのことをきちんと書いたことは殆ど無い。どこか自分の10代、20歳の頃の記憶と生々しくリンクし過ぎている部分があり(『キャント・レット・ゴー』とか聴くと今でも心が吹き飛ばされそうになる)、ロキシーを語ることで当時の自分の心情吐露をしそうになってしまい、オレ的にはそういうのをあまり表にしたくなかったからだ。それと、ロキシー的な音に、もはやそれほどリアリティを感じなくなっていた、というのもあった。要するに「今の自分の気分と違うんだよね」ということだ(もっと具体的に書くと「もう恋愛感情に振り回される年でも無くなった」ってことなんですが……)。
だから、ロキシー・ミュージックのレコードは全て揃えていたけれども、これがCDとなると、昔特に好きだった何作かを購入しただけで、それほど全部揃えたいとも思わなかった。ロキシーはもうオレにとって「昔よく聴いたバンドのひとつ」でしかなかったのだ。ところが最近、昔聴いていたアーチストやバンドのCDを揃える趣味ができてしまい、プリンスやドアーズやジェネシスあたりのアルバムをちまちま集めだし、遂にそれがロキシー・ミュージックに及んだ、というのが今回このボックスセットを購入した顛末である。
Roxy Music: The Complete Studio Recordings 1972-1982 by Roxy Music (2012-08-05)
- アーティスト:Roxy Music
- 出版社/メーカー: Virgin Catalogue
- メディア: CD
「Roxy Music: The Complete Studio Recordings 1972-1982」と名付けられたこのボックスセットはロキシーのオリジナル・スタジオ・アルバムが8枚と、別ヴァ―ジョン+B面曲を網羅した2枚のCDが収められている。ライブ・アルバム『ビバ!』と『ハート・スティル・ビーティング』は収録されていない。全てLPを再現した見開き紙ジャケット、ピクチャーレーベルで、別ヴァ―ジョン+B面曲は32曲にのぼる。ただし音源はリマスター版ではないらしく、音圧は低いがこれはヴォリューム上げて聴けばいいだけの話だろう。LP時代から数十年ぶりに聴いたその音は、なにしろCDなので、音がいい。こんな音だったのか、とぶったまげたアルバムも何枚かある。やはり面白いことをやっていたバンドだったんだな、と改めて思った部分もあった。ま、煎じ詰めるなら「なつかしー」ってな感想だったけどね。久しぶりに聴けて楽しかったよ。
というわけでついでにロキシーの各アルバムについて個人的な感想をざっくり書いておこう。
■ロキシー・ミュージック - Roxy Music (1972)
デビュー作。とても月並みな言い方だけど「おもちゃ箱をひっくり返したような!」といった感じの多彩な曲が並び、それらを創意工夫しながらアルバムに詰め込むことに果敢に挑戦していて、デビュー当時のヤル気満々ぶりが伝わってくるんだよなあ。 演奏はチープ極まりないんだがそのチープさがまたイイ味出している。
■フォー・ユア・プレジャー - For Your Pleasure (1973)
1stがロキシーの態度表明だとしたらこれはバンドカラーを明確にしたアルバム。演奏は相当まとまりが良くなり、曲は深みを増し、音の重さやスピード感も加わり、ロキシーサウンドがここで確立されたと言っていいだろう。 ヨーロッパ資産階級の頽廃を描く問題作『イン・エヴリ・ドリーム・ホーム・ア・ハートエイク』もこのアルバム収録。このアルバムでイーノが脱退するけど、ここでのイーノのサウンド処理はやっぱり面白い。
■ストランデッド - Stranded (1973)
自信満々で製作された3rdは初期ロキシーの最高傑作なんじゃないかな。ドライブ感たっぷりで実にロック・アルバムしている。斜陽ヨーロッパを歌い上げる『ヨーロッパ哀歌』も素晴らしいが、オレが最も好きな曲は『マザー・オブ・パール』だ。7分近くに渡って殆ど同じ曲展開の中、愛しい女性への賛辞を延々と唱え続けるこの曲はビートルズの『ヘイ・ジュード』みたいにいつまでも終わることなく続くような気さえさせられる。つまり愛する女性への賛辞は永遠だという事なのだ。歌詞も素晴らしい。素敵じゃないか!最高じゃないか!これぞロキシー・サウンド!
■カントリー・ライフ - Country Life (1974)
キャッチ―で脂の乗り切った曲満載の4枚目、ロック色もより強くなりラウドな曲も多いのだけれども、このロック色の強さが当時聴いていたオレには若干うるさく感じてそれほど愛着の無いアルバムなんだよな。
■サイレン - Siren (1975)
ロキシーが一旦解散宣言を出した時のアルバム。実は以前は聴いていてどうにもピンとこない作品で、それほど好きじゃなかった。音が乾いていてロキシーっぽくなく感じていたのだ。しかし今はその乾いた音が部屋で流すのにいい感じで、今回購入したボックスセットの中で一番よく聴いているアルバムになっている。音楽って分らんものだなあ。
■マニフェスト - Manifesto (1979)
復活ロキシー第1弾、重々しく始まるタイトル曲『マニフェスト』や『エンジェル・アイズ』、『ダンス・アウェイ』などいい曲もあるんだけど、全体的にはリハビリ中でちょっと息切れ気味と言った印象もあるな。 ただ、ロキシーのアルバムの中では録音も新しいのでこれより過去の作品よりもとっつき易いかもしれない。
■フレッシュ・アンド・ブラッド - Fresh + Blood (1980)
『マニフェスト』でのリハビリ終了、遂に本調子になって戻って来たロキシー後期の最高傑作の一つ『フレッシュ・アンド・ブラッド』 、これもうボウイの『ヒーローズ』と並んでコーコー生の時に最もよく聴いたアルバムの1枚なんだよなー!『オーイヤー』とか『セイム・オールド・シーン』とかもうメロメロになりそうな切ないラブソングで今でも一緒に歌っちゃうんだよなー!チャカポコ言うリズムボックスのチープな軽さが逆に絶妙な疾走感を出していて得も言われぬ胸の高まりに襲われまくりです!最も好きなスタジオ・アルバムのひとつだし、ジャケットもロキシーで一番好きかもしれない。
■アヴァロン - Avalon (1982)
ロキシーの最高傑作と言えば実質的なラストアルバムとなったこの『アヴァロン』なんだろうけど、実は発売当時ピンと来なくてね。それまで延々とファムファタールを追い続け叶わぬ恋に呻吟し続けたフェリーさんがやっと幸福を掴み、その幸福を「戦士が死して最後の安寧を得られる地アヴァロン」になぞらえて涅槃の境地を歌うというコンセプトであろうアルバムなのだが、発売当時聴いていたオレはといえばグチャグチャした現実の中で幸福も安寧も涅槃もありゃしなくて、そういった部分でまるでリアリティを感じなかったのだ。とはいえラストから2番目の曲『トゥルー・トゥ・ライフ』を聴いた時、この曲のような本当の人生、ささやかな幸福、豊かな愛情が欲しい、自分にもあればいいのに、としみじみと思ったものだったよ。
※ライブ・アルバム(ボックスセットには収録されていません)
■ビバ! - Viva! (1976)
VIVA!ロキシー・ミュージック(ザ・ライヴ・ロキシー・ミュージック・アルバム)(紙ジャケット仕様)
- アーティスト:ロキシー・ミュージック
- 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
- 発売日: 2007/09/26
- メディア: CD
実は、ロキシー・ミュージックでオレが最も聴いた、最も愛するアルバムはこのライブアルバム『ビバ!』なのだよ。ライブということもあってか演奏がソリッドかつハード。どの音もキンキンに緊張しまくっており、さらにスタジオバージョンよりも断然アグレッシヴ。どのライブバージョンもオリジナルを超えている。なんなんだこの凄まじさは。フェリーのヴォーカルは咆哮を上げマンザネラのギターはたけり狂いマッケイのサックスは噎び泣きトンプソンのドラムは地響きを鳴らす。しかし何と言っても客演であるジョン・ウェットンによる重量級のベースとエディ・ジョブソンの空の高み迄上るかのようなスペイシーなバイオリンの音だ。そしてなにより特筆したいのは、レコードならB面にあたる曲2曲の凄まじいまでの暗さ、重さ、悲壮感だ。それは延々10分間に渡って演奏される『イフ・ゼア・イズ・サムシング』とやはり8分弱ある『イン・エヴリ・ドリーム・ホーム・ア・ハートエイク』だ。この2曲は聴いていて怖くなってしまうほどの漆黒の暗さに満ちていて、そして当時性格が真っ暗だったオレはいつもこのB面曲ばかり聴いていた。オレにとってロキシー・ミュージックとは実は臓腑を抉るかのようなこの2曲であり、ロキシー・ミュージックというバンドの評価もこのアルバムで確立したのだ。
■ハート・スティル・ビーティング(ライヴ・イン・フランス1982) - Heart Still Beating (1990)
『アヴァロン』以降バンドが休止状態になっていた時期に発売されたライブ・アルバム。実は1983年にリリースされた4曲しか入っていないライブ・ミニ・アルバム『The High Road』の拡張版で、なんでこれを最初からリリースしなかったの?と後で思えてしまった。音源自体は『アヴァロン』発売後のツアーのものとなり、ある意味ロキシー・ミュージックのベスト盤としても聴ける。というかベスト盤よりも演奏が際立っていて録音も遜色なく、こちらのほうがいいかもしれない。アルバムのハイライトはまず『キャント・レット・ゴー』、もうこの曲を聴いただけで昔の自分のあれこれを思い出して胸がぞわぞわする、そして極めつけはニール・ヤングのカヴァー曲『ライク・ア・ハリケーン』、この曲が流れた瞬間にオレの心はどこまでも千々に乱れてゆくのだ……(いったいどんな過去があったんだオレ)。ラストはジョン・レノンのカヴァーでありロキシーがかつてレノンの追悼としてシングルリリースした曲『ジェラス・ガイ』で美しく切なく締めくくるのだ。嗚呼、もう感無量……。