デヴィッド・ボウイ最高傑作アルバム『ジギー・スターダスト』完成までの膨大な未発表音源を収録した究極のボックス・セット『Rock 'n' Roll Star! / ロックン・ロール・スター!』

デヴィッド・ボウイ最高傑作アルバム『ジギー・スターダスト』

デヴィッド・ボウイが1972年にリリースした『ジギー・スターダスト』はボウイの最高傑作であるだけでなくロック史に永遠にその名を刻む名作中の名作アルバムだと断言していいだろう。

人類はあと5年で滅亡する。愛しいものも、美しいものも、あと5年で、全て消え去ってしまう運命なのだ。人々にできる事は、ただ泣くことだけだ。そんな時、宇宙の彼方からジギー・スターダストという名の救世主が、ロックンロールバンド・スパイダース・フロム・マースを引き連れてやってくる。彼らの奏でるロックンロールは若者たちを熱狂させ、歓喜の中で救済を施そうとする。しかし、例によってバンドのゴタゴタが起こり、ジギーは没落してゆく。失意の只中にありながら、それでもジギーはオーディエンスたちに、「君は美しい、僕の手を取って」と救いの歌を唄い上げる。アルバム『ジギー・スターダスト』は、こんな物語を綴ったロックンロール・コンセプトアルバムなのだ。

こうして書くと陳腐で荒唐無稽なSFストーリーだが、不条理な世界の中でロックンロールの熱狂とロックスターとの一体感の中に刹那の救済を求めるファンという、ロック・ミュージックとオーディエンスとの関係、ロック・ビジネスというもののそもそもの構造を俯瞰的に暴き出したのがこの作品なのだ。しかし、そこにSF的なシチュエーションを持ち込むことで、あくまでひとつの「ファンタジー」として落とし込み、「ロックの高揚」に絶対的な、ある意味宗教的なまでに崇高な意義を持ち込もうとしたのが『ジギー・スターダスト』だったのではないだろうか。そしてそれを、たった1枚のロック・アルバム、38分のロックショウの中で展開してみせた部分に、この作品の凄みがある。

『ジギー・スターダスト』完成までの膨大な音源を収録したボックス・セット『Rock 'n' Roll Star! / ロックン・ロール・スター!』

つい最近発売されたボックス・セット『Rock 'n' Roll Star! / ロックン・ロール・スター!』は、その『ジギー・スターダスト』完成までに録音された膨大な音源をCD5枚、Blu-ray Audeio1枚に収録した、究極の「ジギー・スターダスト記録集」である。CDでは全67曲230分、アルバム完成以前に録音された多数の未発表デモ、ラジオセッション、ライヴ、アウトテイクス、別ヴァージョンが収録され、Blu-ray Audeioにはアルバム『ジギースターダスト』、そのエクストラ、曲内容と曲順の違うアルバム初期ヴァージョンが、96kHz/24bitステレオ・オーディオ、ないしはDTS-HDマスター・オーディオで収録されている。

収録曲的には『ジギー・スターダスト』収録曲だけではなく、当時同時に録音されながらアルバムに収録されなかった曲や、アルバム『ハンキー・ドリー』『世界を売った男』からの曲が収録されている。実際のところ未発表”音源”はあっても未発表”曲”は存在せず、『ジギー・スターダスト』未収録曲であっても熱心なボウイ・ファンなら知っている・聴いたことのある曲で占められているだろう。また、デモやセッションなどの古い音源ということから音質の悪い曲、モノラル録音の曲が多数であり、このことから「コンプリート・ジギー・スターダスト」というよりもあくまで「ジギー・スターダスト期の製作と活動のドキュメンタリー」であり、コアでディープなファンがコレクションする「ボウイガチ勢」向けアイテムであることは御留意されたい。

しかしだ。逆に言うならオレのようなコアでディープなボウイ・ファンには、ボウイ最高傑作『ジギー・スターダスト』にまつわる知られざる音源が満載となった垂涎の音源集ということができるのだ。それは『ジギー・スターダスト』の感動を形を変えて再体験できるというめくるめくような内容だ。細かなアレンジの違いに狂喜し、若々しい演奏に高揚し、ボウイが『ジギー・スターダスト』を製作していたまさにその時のエモーションと空気感を共有できるという、稀有で重要な体験ができるボックス・セットなのだ。オレはどれも知っている曲ばかりなのにもかかわらず、CDを演奏する毎に歓喜し体を揺らせ、そして一緒に歌っていた。

『Rock 'n' Roll Star! / ロックン・ロール・スター!』内容紹介

最後に簡単な内容紹介をしておこう。(ここから『ジギー・スターダスト』は『ZS』と表記)

《CD1》実はファンとしてはこのCD1が最も興味深い。まず〈ザ・ソングライティング・デモ〉は『ZS』の様々な曲が完成するまでの試行錯誤の過程を収めたデモ音源集だ。これはアレンジどころか曲構造も歌詞も違っており、ほとんど別の曲に聴こえるものすらある。しかし未完成であっても『ZS』曲の胎芽とも思える音があちこちに聴こえ、これがたまらなく面白い。〈ジ・アーノルド・コーンズ・レコーディング〉は当時の知られざるボウイ別名義バンド「ジ・アーノルド・コーンズ」が録音した音源だ。この「ジ・アーノルド・コーンズ」、レコード会社との関係悪化に業を煮やしたボウイがゲリラ的に結成したバンドなのだという。これは初耳だった。〈ザ・ハドン・ホール・リハーサル〉はハドン・ホールという地下室で『ZS』曲を練習していた音源。

《CD2》《CD3》『ZS』の発売直前、1972年の1月から5月まで行われたジョン・ピールを始めとしたラジオ番組セッションが収録されている。特に1972年1月のBBCラジオセッション〈サウンズ・オブ・ザ・70s:ジョン・ピール〉は、世界で初めて『ZS』曲が披露された番組の音源である。ジョン・ピール・セッションで有名なこれらセッション番組は、ラジオ局が新人バンドにレコーディング・スタジオを貸与し録音した曲を放送するもので、バンドにとってはデモ・テープ作りやプリ・プロダクションに大いに役立つ、いわば新人バンド育成の場となっているのだ。そしてこれらセッションがまたいい!『ZS』という素晴らしいアルバムを生み出した時期のボウイの【勢い】を真空パックしたような内容なのだ。バンド演奏はソリッドかつスピード感に溢れ、もしもイギリス80年代ポストパンク期にボウイが新人アーチストだったら、この音源をそのままアルバムでリリースしていたに違いないと思わせる直接的で荒々しい内容だ!それだけフレッシュなカッコよさに満ちているのだ。

《CD4》『ZS』録音時に録音されながらアルバムに収録されなかった曲(その後シングルB面などで発表)、シングル発表曲、『ZS』リリース直後にボストン・ザ・ミュージック・ホールで行われたライヴ曲が収録。ちなみに当時のバックバンド、スパイダース・フロム・マースの舞台衣装は映画『時計仕掛けのオレンジ』を参考にした、「お洒落な強盗犯」の如き出で立ちだったらしい。

《CD5》〈アウトテイクス&オルタナティヴ・ヴァージョンズ〉と名付けられており、『ZS』とその周辺で製作された曲のボツバージョンや別バージョンが収録されいている。これらの殆どが未発表音源であり、『ZS』曲の別バージョンをたっぷり楽しめるという嬉しい内容だ。また多くの曲は2022年、23年にミックスされており、音質的にも十分満足ができる。ある意味この《CD5》だけは単独で販売されても多くの方に受け入れられやすいのではないだろうか。

Blu-ray Audeioはアルバム『ZS』のオリジナル・アルバム・ミックス、『ZS』&エクストラと題された2003年5.1ミックス、『ウェイティング・イン・ザ・スカイ』(後記)、シングル曲2曲、《CD5》の〈アウトテイクス&オルタナティヴ・ヴァージョンズ〉を、96kHz/24bitステレオ・オーディオ、ないしはDTS-HDマスター・オーディオで収録している。特筆すべきは『ウェイティング・イン・ザ・スカイ(ビフォア・ザ・スターマン・ケイム・トゥ・アース)』だろう。これは『ZS』制作過程におけるアルバム初期バージョンなのだ。『ZS』は完成までに収録曲や曲順が何度も変更が成されており、この『ウェイティング~』はその最初期のもので、タイトルそれ自体も初期案だが、収録曲と曲順が『ZS』と大きく違っている。つまり『ウェイティング~』は別の多次元宇宙でリリースされたかもしれない『ZS』のマルチバース・バージョン・アルバムという言い方もできるのだ。

ROCK 'N' ROLL STAR!

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