京極夏彦の歌舞伎舞台原作小説『狐花 葉不見冥府路行』を読んだ

狐花 葉不見冥府路行 / 京極夏彦

狐花 葉不見冥府路行 (角川書店単行本)

時は江戸。作事奉行・上月監物の屋敷の奥女中・お葉は、度々現れる男に畏れ慄き、死病に憑かれたように伏せっていた。彼岸花を深紅に染め付けた着物を纏い、身も凍るほど美しい顔のその男・萩之介は、"この世に居るはずのない男"だった――。 この騒動を知った監物は、過去の悪事と何か関りがあるのではと警戒する。いくつもの謎をはらむ幽霊事件を解き明かすべく、"憑き物落とし"を行う武蔵晴明神社の宮守・中禪寺洲齋が監物の屋敷に招かれる。 謎に秘された哀しき真実とは? 

先頃、大作『了巷説百物語』を上梓したばかりの京極夏彦の新作がまたまた到来というからファンとしては嬉しいやら忙しいやらで大変である。タイトルは『狐花 葉不見冥府路行』、例によってなんと読むのか分かり難いタイトルだが、これは「きつねばな はもみずにあのよのみちゆき」と読むのらしい。

「狐花」というのは彼岸花の別称、「葉も見ずにあの世の道行き」というのは葉もないのに花を咲かす彼岸花の妖しさを差しているのだろうか。彼岸花は彼岸に墓所に多く咲く茎だけの赤い花で、その特異な形状、毒花であることなどから不吉な花とされている。本作でもこの彼岸花の様々な別称が章タイトルとなり、重要アイテムとして何度も登場する。

舞台は江戸時代末期。ある男の幽霊が目撃されたことにより、大きな騒乱に巻き込まれてゆく3つの家の者たちの秘められた過去が徐々に明らかになってゆく、というのがこの物語だ。そしてこれに"憑き物落とし"を行う武蔵晴明神社の宮守・中禪寺洲齋が絡み、壮絶な真実が暴かれるのである。中禪寺洲齋は京極夏彦百鬼夜行シリーズの主人公、中禅寺秋彦の曾祖父に当たる人物であり、先の『了巷説百物語』でも大きな役どころを負った人物である。さらにこの『狐花 葉不見冥府路行』の時代設定は『了巷説百物語』直後となっているのだ。

登場人物は以下の通り。

・作事奉行(建造物建築に関する幕府役職)の上月監物、その娘・雪乃

・材木問屋の近江屋源兵衛、その娘・登紀

・口入屋(職業周旋業者)の辰巳屋棠蔵、その娘・実祢

・雪乃付きの奥女中・お葉

・上月家用人、的場佐平次

・武蔵晴明神社の宮守、 "憑き物落とし"の中禪寺洲齋

・"この世に居るはずのない男"、萩之介

物語では、上月監物、近江屋源兵衛、辰巳屋棠蔵の3人が過去に為した恐ろしい所業が仄めかされ、彼らのそれぞれの娘たち、雪乃、登紀、実祢、さらに奥女中・お葉が過去に関わったある男とその幽霊の目撃談とが語られてゆく。上月らが抱く秘密とは何なのか。娘たちの関わった男とはいったい何者で、彼女らはなぜその幽霊を見てしまうのか。中禪寺はそれとどう関わってゆくのか。幽霊の正体はいったいなんなのか。彼岸花の咲き乱れる不吉な野、その彼岸花の柄の着物を着て現れる妖しき亡霊。そして遂に身を切るような哀惜に満ちた真実が暴露されることになるのだ。

本作は歌舞伎舞台の為に書き下ろされた作品であり、そのせいもあってか構成はシンプル、登場人物の数も少なく、展開も早い。ページ数も256ページと京極作品としては相当に短いものとなる。舞台原作ということで描写もかなり削ぎ落されており、簡潔極まりない。そういった部分で京極作品としては異例のものなのだが、かといって京極らしさは一切失われておらず、むしろ短くても面白いものを書くじゃないかと思わされた(笑)。同時に、これが舞台だとどのように視覚化されるのか、演じられるのか、ということを想像しながら読むのは楽しかった。そしてなによりあの驚愕のラスト、臓腑を抉るかのような急展開は実に京極小説らしいと思わされた。

なお舞台化作品に関する情報は以下に。中禪寺洲齋を松本幸四郎、萩之介を中村七之助が演じるのらしい。