■今昔百鬼拾遺 河童/京極夏彦
昭和29年、夏。複雑に蛇行する夷隅川水系に、次々と奇妙な水死体が浮かんだ。3体目発見の報せを受けた科学雑誌「稀譚月報」の記者・中禅寺敦子は、薔薇十字探偵社の益田が調査中の模造宝石事件との関連を探るべく現地に向かった。第一発見者の女学生・呉美由紀、妖怪研究家・多々良勝五郎らと共に怪事件の謎に迫るが―。山奥を流れる、美しく澄んだ川で巻き起こった惨劇と悲劇の真相とは。百鬼夜行シリーズ待望の長編!
科学雑誌「稀譚月報」の記者・中禅寺敦子を主人公とした京極夏彦の京極堂新シリーズ『今昔百鬼拾遺』第2弾『河童』である。ちなみに第1弾は『今昔百鬼拾遺 鬼』というタイトルで刊行されており、次巻『天狗』でこのシリーズは一応完結するのだろうと思う。前作『鬼』では割とストレートに「怪奇面妖な謎事件を解決する」といった流れの物語で、短くシンプルな構成は従来のファンには物足りなく感じさせるだろうが、『今昔百鬼拾遺』第1作のお披露目的な役割は充分果たしていた。しかしこの『河童』では、謎の構成も幾分複雑になり、登場人物も増え、さらに思いのほかコミカルさが加味されて、結構な充実を見せる作品となっていた。
まず冒頭の、女学生らによる「河童談義」が楽しい。それぞれに出身地の違う女学生らが言い表す「河童」の姿や名称やその定義がいちいち違っており、それにより女学生らはかしましく盛り上がるのだが、なにしろ本当に一言で「河童」と言っても大違いなものだから、読んでいて驚かされること至極である。この辺り、妖怪好きな京極夏彦の面目躍如たる部分であり、このまま丸ごと一冊「河童談義」で終わったとしても相当に満足したかもしれない。
そんな女学生らの会話から始まる物語だが、それと併せ、今シリーズの主役である中禅寺敦子、前作から引き続き登場の女学生・呉美由紀が中心となって物語に関わるといういわば「女性中心」的な物語の構成がやはり新鮮に感じる。以前読んだ京極作品『書楼弔堂 炎昼』も女性を語り部とすることでこれまでと違う新鮮な感触を感じたのだが、京極自身もなにがしかの手応えを覚えていたのかもしれない。それとは逆に、今作に登場する男連中がどうにもヘボい野郎たちばかりで、このあたりの対比も面白い。
ヘボい、というか奇奇怪怪な登場をして周囲を混乱の極みに至らしめる男というのが多々良勝五郎だ。京極堂の友人で妖怪研究家ということになっているのだが、要するに「真性妖怪オタク」であり、その素っ頓狂な行動と言動はシリアスな筈の物語をドタバタの方向へと強引にねじ伏せてゆくという困ったヒトなのだ。『塗仏の宴』あたりから登場していたキャラなのだが、今作での印象はあまりに強烈過ぎる。でもちょっと好きだこのヒト。
物語は模造宝石事件と連続殺人事件、それとなんと男性専門の覗き魔事件とを軸に、それを「河童」と絡めて描き出されるものだが、多少の牽強付会はあるにせよむしろこの程度の奇想天外さがあったほうが京極らしいともいえる。それと感じたのは終戦後の日本の傷跡が物語に影響を与えているという点だろう。京極はストレートに政治に言及する作家では決して無いが、それでも、京極なりの歴史観や問題意識というものがあり、それがほのかに透けて見えてくる部分が面白かった。こういった「京極なりの歴史観や問題意識」は、明治時代初期を扱った『書楼弔堂』シリーズでも見え隠れしており、そしてそれは当然、現代の日本に通じるものではないかと思うのだが、深読みしすぎだろうか。