京極夏彦の『遠巷説百物語』を読んだ

巷説百物語京極夏彦

遠巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川書店単行本)

「遠野は化け物が集まんだ。咄だって、なんぼでも来る」

盛岡藩筆頭家老にして遠野南部家当主の密命を受けた宇夫方祥五郎は、巷に流れる噂話を調べていた。 郷が活気づく一方で、市場に流れる銭が不足し困窮する藩の財政に、祥五郎は言い知れぬ不安を感じる。 ある日、世事に通じる乙蔵から奇異な話を聞かされた。 菓子司山田屋から出て行った座敷童衆、夕暮れ時に現れる目鼻のない花嫁姿の女、そして他所から流れて迷家に棲みついた仲蔵という男。 祥五郎のもとに舞い込む街談巷説、その真偽は――。 ハナシは、やがて物語になる。どんどはれ。

京極夏彦の「巷説百物語シリーズ」最新刊が出るというのでちょっと驚いた。前作が出てから11年振りだからだ。「巷説百物語シリーズ」は江戸時代末期を舞台に、困難な問題を妖怪を使った”仕掛け”で解決してゆく小悪党たちの姿を描いた物語だ。これまで『巷説百物語』『続巷説百物語』『後巷説百物語』『前巷説百物語』『西巷説百物語』と刊行されており、この『遠巷説百物語』はその6作目となる。そして今作は柳田國男遠野物語』で知られる遠野が舞台となり、なお一層妖怪の空気が漂うことになるのだ。

巷説百物語シリーズ」は章ごとに妖怪の名を冠した連作中編となっており、この『遠巷説百物語』でも「歯黒べったり」「礒撫」「波山」「鬼熊」「恙虫」「出世螺」といった、聞いたことがあったりなかったりする妖怪たちの名前がタイトルとなっている。物語の主人公となる”仕掛け屋”たちはこれら巷説に上る妖怪たちを”仕掛け”として登場させることにより、社会規約と人の情の間で引き裂かれている人々を救ってゆく。あちらを立てればこちらが立たずといった困難な問題を、「妖怪のせい」にして丸く収めてしまうのだ。

巷説百物語シリーズ」は作品毎に主要人物が入れ替わるが、今作では狂言回しとなる若侍・宇夫方祥五郎を中心としながら、『前巷説百物語』の長耳の仲蔵、『西巷説百物語』が登場することになり、これまでの作品との関連性を深めている。特徴的なのはその構成で、各話とも妖怪民話の「譚」、奇異な話が広まる「咄」、事件の解決にあたる「噺」、タネ明かしの「話」の4章構成に定型化されている。しかしこの定型化により物語的なダイナミズムが削がれているように思う。また、登場する”仕掛け”としての妖怪も牽強付会であり設定として無理が多く、シリーズ作の中でもちとクオリティが落ちているように感じた。

とはいえ遠野地方という舞台はなかなかに魅力的であり、当時の遠野地方の執政の在り方やそこに住まう人々の地方都市ならではの生活感、さらには里山の独特の雰囲気などがこれまでのシリーズと大いに差別化を図ることになっている。また、このシリーズは連作中編の形を取りながら終局に向けて大きなカタストロフを用意しており、今作でもそれは健在だ。聞くところによるとこのシリーズは次巻『了巷説百物語』で完結という予定になっているらしく、今作におけるカタストロフと”あの人物”とがどう終章に結びついてゆくのか楽しみである。『遠巷説百物語』はシリーズ中最も小振りな感は否めないが、終章に向けての助走であると捉えるならファンは当然読んでおく必要があるだろうと思う。

巷説百物語シリーズ