百鬼が夜行しさあタイヘン!?〜『虚実(うそまこと)妖怪百物語』

■虚実(うそまこと)妖怪百物語 (序)(破)(急) / 京極夏彦

シリアの砂漠に現れた男。旧日本兵の軍服に、五芒星が染め付けられた白手袋。その男は、呪術と魔術を極めた魔人・加藤保憲に似ているように見えた。妖怪専門誌『怪』の編集長と共に水木プロを訪れた榎木津平太郎は水木しげる氏の叫びを聞いた。「妖怪や目に見えないモノが、ニッポンから消えている!」と。だがその言葉とは逆に、日本中に妖怪が現れ始める。錯綜する虚構と現実。窮地に立たされた荒俣宏京極夏彦たち。物語が迎える驚愕の結末は?

京極夏彦最長の長編小説登場

先ごろ発売された"京極夏彦最長"の長編小説がこの『虚実(うそまこと)妖怪百物語』である。《序》《破》《急》の3巻に分かれ総ページ数は1382ページ、原稿用紙で1900枚という超大作である。ただしKindle版は1冊にまとめられた合本も出ており、これは919ページだという。
もともと長くて分厚くて堪らない京極小説だが、ここにきて究極兵器とも呼ぶべき大長編を書きあげたという訳である。もともとは妖怪雑誌『怪』において2011年3月から2016年3月まで連載された小説を加筆修正して発行したものらしい。そしてその内容はというと「妖怪、現代日本に跋扈す」という"京極版妖怪大戦争"だというからこれは楽しみだ。しかしあまりに長いけどな……。

●魔人・加藤保憲降臨!虚実(うそまこと)の入り乱れた物語展開!

読み始めるといきなり加藤保憲が現れて怪しげな呪術を行っているもんだからこれはびっくりだ。加藤保憲、そう、荒俣宏が描いた究極のオカルト伝奇小説『帝都物語』に登場し過去から未来にかけて日本を呪いの渦に巻き込んだ恐るべき魔人の名である。
読んでるオレはようしようしとこれからの展開を楽しみにして読み続けると雑誌『怪』編集部でクダを巻く連中が現れ、京極夏彦やら荒俣宏やら水木しげる大先生の名が次々と出てくるではないか。それだけではなく、出版社の社員や作家や大学研究者の名前があれよあれよという間に書き並べられる。なんとこの物語、雑誌『怪』を始めとした妖怪絡み、妖怪研究者の方々が実名で登場し活躍するという、実名小説だったのだ。
ではそんな登場人物たちが何に巻き込まれるのかというと、なんと日本に突然現れ巷を跋扈し始めた妖怪たちまつわる大騒動なのである。それもただの騒動なのではなく、加藤保憲が絡む日本壊滅への陰謀がその背後にあったのだ!それゆえの小説タイトル『虚実(うそまこと)妖怪百物語』というわけなのである。

●バカ登場!?バカまみれの物語のその真意は?

なんやけったいなお話やなあ、と思って読んでいたが、実の所1巻目の序盤は少々キツいかもしれない。なぜなら「レオ☆若葉」なる架空のキャラが出てくるのだが、こいつがもう箸にも棒にも掛からぬバカなのである。
頭が悪いとか愚かとかいうものではないが、クダラナイ事をグダグダグダグダ話し続ける呆れ返るほどクダラナイ男なのだ。なにしろバカなのである。「レオ☆若葉」という名前のアナグラムが「オレはバカ」であることから分かるように、どこまでもひたすらバカなのである。あまりにバカ過ぎて読んでるオレは相当イラ立ってしまい途中で本を投げ出しそうになったほどだ。
しかし3巻全部買っちゃったしなあ、序盤だけ読んで捨てるのも癪だよなあ、としょうがなく読み続けていたのだ。ところが。先々まで読み進めてゆくと、この「バカである」というのが実は今作の最大最重要なキーワードだったのである。加藤保憲、実名小説、妖怪出現、日本の危機。そこにどうバカが絡むというのであろうか!?奇絶!壮絶!また怪絶!?

憂国の京極先生

日本の巷を跋扈する妖怪の群れ。パニックに駆られた市民の皆さんは妖怪排斥に乗り出す。実際の所、妖怪連中は何をするわけでもなくただ"出現するだけ"なのであるが、日本の善良な市民の皆さんはこれを「汚らわしい!」「忌まわしい!」と蛇蝎の如く嫌うのだ。そしてそのあおりを食って「妖怪関係者」の弾圧運動が始まり、遂には暴徒となって「妖怪関係者」を襲いはじめるのだ。そう、京極や荒俣が窮地に立たせられるのである。
この流れ、何かに似てるなと思ったら、かの名作コミック『デビルマン』なのだ。デーモンの仕掛けた無差別合体にパニックに至った人々は疑心暗鬼に駆られ、「デーモンっぽい、デーモン化するかも、デーモンになった人間の近隣」という理由だけで次々に罪無き者を密告しあるいは私刑にしてゆく。
これらの根本にあるのは他者への徹底的な不信と不寛容であり、そういった社会が至る荒涼とした精神性である。京極はこれをスラップスティックに描きながらも、どうにもギスギスとした社会へと化しつつある日本への懸念をほのめかす。つまりなんと、この『虚実妖怪百物語』には、京極なりの社会批判が込められているということなのだ。そして、そのカウンターパンチとして提唱されたのが、「バカである」こと、即ち細かい事にこだわらないおおらかさということであり、それを「妖怪存在」というものに仮託したのがこの作品だったのである。

荒俣宏、巨大ロボに搭乗す。

社会批判とは書いたけれども、この作品はそれのみをテーマにしたしかつめらしいものでは全くない。というより、この作品の本領はその唖然とするようなハチャメチャさにある。なんと、あの荒俣宏が、巨大ロボに乗って出撃してしまうのである!パイルダーオンで!?コアファイターで!?エントリープラグで!?読んでからのお楽しみと言うことで経緯や詳細は秘密にしておくが、「荒俣宏+巨大ロボ」という限りなきミスマッチを催す展開に、オレは眩暈がしてしまったよ!
実はこんなのはまだまだ序の口でしかなくて、クライマックスに向かうにつれそのメチャクチャさは雪崩の如く膨れ上がり、唖然呆然とさせる抱腹絶倒空前絶後の展開を迎えるのである。そのトンデモなさは荒俣巨大ロボなぞまだまだ可愛いと思わせるほどである。いやもうスゴイから。ヤヴァイから。アホだから。こんなもの書いちゃっていいの?と思っちゃったから。

水木しげる大先生へのラブレター

この大法螺大風呂敷、もはやSFの領域である。SF的根拠は皆無だけれど、「この作品こそ本年度の日本SF大賞にふさわしい作品なのではないか」と結構マジで思った。さらにこの破天荒な描きっぷりは、京極ファンのオレをして「これは京極夏彦の(ある意味)最高傑作なのではないか」とも思ってしまったほどだ。ただし実名小説なので、登場人物に興味の無い方にはたいして面白くないだろうからそこは要注意。
そして同時にこの作品は、2015年暮れに極楽浄土へと旅立った水木しげる大先生への、京極からの真摯なラブレターでもあるのだ。本作において水木大先生はあまりお姿を現さないけれども、しかし主要登場人物たちである妖怪関係者は常に水木大先生の身を案じ、さらに彼らの心の拠り所として、会話の中に常にそのお名前が登場するのである。京極にとって、日本の妖怪関係者たちにとって、水木大先生とはどのような存在であり、そしてどのように敬愛されていたのか。百鬼夜行の大騒動を描きながら、この作品は京極が天国の水木大先生へその思いの丈を吐露したものでもあったのだ。

虚実妖怪百物語 序 (怪BOOKS)

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虚実妖怪百物語 破 (怪BOOKS)

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虚実妖怪百物語 急 (怪BOOKS)

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