スタニスワフ・レムの架空評論集『完全なる真空』を読んだ

完全な真空 / スタニスワフ・レム (著), 沼野充義工藤幸雄・長谷見一雄 (訳)

完全な真空 (河出文庫)

「実在しない書物の書評を書くということは、レム氏の発明ではありません」。ゲーム理論を援用して宇宙の創造と成長を論じるノーベル賞受賞者の講演「新しい宇宙創造説」のほか、「ロビンソン物語」「逆黙示録」「誤謬としての文化」など、パロディやパスティーシュも満載の、知的刺激に満ちた“書評集”。

ソラリス』『砂漠の惑星(インヴィンシブル)』などで知られる東欧SF界の巨匠、スタニスワフ・レムによる『完全なる真空』は「架空の書物の関する評論集」となる。

「架空の書物を評論するってどういうこと?何か意味があるの?」と大抵の方は思われるだろう。その疑問は当然で、実のところこの評論集に収められた評論に「全く意味は無い」。著作タイトル『完全なる真空』が表す通り「全く何もない」ことを目的として書かれた、まさに「ナンセンス」な評論集なのだ。どうにも人を食った内容だが、レムならではの「手の込んだお遊び」だと捉えてもらえればいい。 

取り上げられた著作の内容にしてもそれに対する評論にしても、該博な知識と膨大な引用が駆使され、理論や論理や理屈がまことしやかに並べ立てられ、分析と考証と批評が大真面目に成される。しかしなにしろそもそもの出発点が「嘘んこ」なわけだから、その全ては単に「もっともらしい」だけのインチキであり、どれだけ精緻に論理的に考証しようが、導き出されるのは「全く何もない」というナンセンスさなのだ。その全てをレムは確信犯的に描き募るのである。

こんなものを読んで面白いかどうかというとちょっと言葉に詰まるが、「全く何もない」ものをさも有り得るもののように書き連ねるというこの馬鹿馬鹿しさからは、レムが楽しみまくって書いたのだろうな、ということは十分伝わってくる。

要するにこれは「思考遊戯」であり、最初から存在しないものをあたかも存在するもののように描くという行為それ自体が実は作家というものの所業には違いない。それが架空であろうと駄法螺であろうと一つの理論を構築するというのはまさにSF作家ならではの物語構成の在り方なのだと考えるなら、この『完全な真空』はまさにSFということができるし、それをSF作家レムが書いたということは自明であろうという事ができる。ただまあなにしろ、読み通すのはちときつかったが……。