最近読んだコミック/斎藤潤一郎の『武蔵野』とか

武蔵野/斎藤潤一郎

『死都調布』『死都調布 南米紀行』『死都調布 ミステリーアメリカ』と、カラカラに乾ききった無情の世界アバンギャルドに描き続けてきた斎藤潤一郎の新作はなんと「武蔵野紀行コミック」である。そして、これがいい。武蔵野の野。そこは荒野であり絶望であり寂寥であり鼻糞であり放屁であり胡乱である。それはつげ義春から全ての情緒をフリーズドライ化し雲散霧消させた湿度ゼロの旅情である。斎藤潤一郎が実際に武蔵野界隈へと出向きそこであてもなく彷徨いながら見たもの聞いたもの体験したものを描くのだが、そこには愉しみも安らぎもなくただただ殺伐としているだけなのだ。斎藤潤一郎が描くと横浜の街ですらドイツ表現主義のモノクロホラー映画の1シーンかソヴィエト連邦時代の街の名前が数字だけで呼ばれる秘密研究都市みたいに思えてしまう。そこには無情と無常だけがある。そしてそこがいい。これまでの作品から、ドドドドド!と力が抜けまくったこの作品集からは、作者の真の内実が、すなわちパンツを脱いだ齋藤潤一郎の姿が、武蔵野の地獄のように赤い夕日を背中に浴びながら立ち上がったかのように思えるのだ。読んでいると、オレも人間性を剥奪されるために、武蔵野の荒野を彷徨いたくなる。そしてもう帰らない。この『武蔵野』は斎藤潤一郎が遂に到達した殺伐無情漫画の最高峰であり最高傑作なのではないか。同じモチーフで今後描き続けても全然構わないぐらいに思う。

それゆけ犬HK/うかうか

犬漫画を追求する「うかうか」氏の新たな犬漫画、それがこの『それゆけ犬HK』である。某N〇Kの様々な番組を「うかうか」氏ならではの犬視点で描いた犬パロディ漫画なのだ。それは例えば「100分de名犬の著」「クローズアップ犬代」「ダーウィヌが来た!」などといったタイトルからうかがい知ることができよう。そして今作『それゆけ犬HK』、「うかうか」氏の新機軸なのではないかと思った。これまでの「うかうか」氏の犬漫画は「うっかり者の主人公犬がよく分からない状況に巻き込まれるが、なんとなくほっこりとしたラストを迎える」といった展開が殆どだったが、そのパターンから抜け出しているのだ。それぞれのエピソードがパロディとして練り込まれており、きちんとしたオチを持ってきている。もともと「うかうか」氏の犬漫画は、例えば犬の名前や固有名詞にわざわざ「犬」の文字が入っている細かい面白さがあったが、今作ではストーリー自体にきっちりと「犬らしさ」を感じるのである。今後もこういった構成で「犬パロディ漫画」を展開してみてもいいかもしれない。

#DRCL midnight children (1)(2)/坂本眞一

イノサン』の坂本眞一による新作コミックである。オレは『イノサン』は割と面白く読んでいたが『イノサン Rouge』になったあたりから飽きてしまって読まなくなっちゃったんだよな。で、この『#DRCL』は坂本眞一の新解釈によるブラム・ストーカー版『吸血鬼』の漫画化なのらしい。『イノサン』はホラータッチではあったが、こちら『#DRCL』はガチホラーということで冒頭から実に飛ばしまくっており大変気持ちいい。そして主人公として登場するのが寄宿学校のビジュアル系美少年たち&イケテナイ少女なのだが、この辺りが新解釈という事なのかな。例によってやり過ぎなぐらい耽美かつデカダンなグラフィックが花咲き、そしてやっぱりやり過ぎなミュージカルショー演出が笑わせてくれる(2巻なんてどう見てもマイケル・ジャクソンなキャラが登場なんだぜ)。まあ坂本眞一の真骨頂は美麗なグラフィックではなくどれだけアホアホ展開へと脱線してくれるのかにあるので今後も期待しながら見守りたい。

風水ペット(4)/花輪和一

日本漫画界の極北を行く異能の漫画家・花輪和一の最新コミック『風水ペット』第4巻である。どんな物語なのかというと「どこぞの山奥の村で見るからに《百姓》なおじさんおばさんが怪しげなオカルト知識と動物たちを駆使し世界経済崩壊後の新たなる経済体制を妄想し、さらに中国共産党への賛美と攻撃で真っ二つに割れるというひたすら頭のおかしい話」である。ここまで読んでどういう話なのか理解できる人は少ないように思うが本当にそういうお話なのである。そしてこの4巻ではこのプロットすら崩壊し訳の分からないカルト同士がお互いを牽制しあい、あるいは輝く未来に陶酔するといった展開がグジャグジャと続くという、カオスの様相を呈している。よく分からないがこれで完結なのだろうか。まあいいか。ただし今回は電書のみの発売みたいでオレはそこだけちょっと不満である。

川尻こだまのただれた生活 第十集: 「vsカラス」他/川尻こだま

ものぐさ娘・川尻こだまのTwitterまとめ漫画も早10集である。最初は悪食と極度のだらしなさがウリだった川尻だが10集ともなるとそんなネタも減り、「日常のちょっと変な出来事・しょうもない失敗」が増えてきた。とはいえつまらなくなったわけではなく、もともと日常の出来事への目の付け所がよく、さらに脚色力が秀でていた川尻なので、やはり変わらずに面白いのだ。ライフハックネタなどは普通に参考になったりする。やはり才能があるなあこの人。