フランス文学探訪:その20/A・デュマ『モンテ=クリスト伯』

モンテ=クリスト伯 (講談社文庫版・全5巻) /アレクサンドル・デュマ・ペール(著)、新庄嘉章(訳)

モレル父子商会の帆船の若い船長候補エドモン・ダンテスは、同僚のダングラールと恋敵のフェルナンの陰謀により、美女メルセデスとの婚約披露宴の席で逮捕され、無実の罪でイフ城の牢獄へ……。ナポレオン没落後の激動の社会を背景に、燃える正義感と鉄の意志で貫かれた男の波瀾の人生を描いて、万人の血を沸かす、大デュマ、不朽の名作の完訳決定版。

あれやこれやのフランス文学を読みブログに感想文を書く「フランス文学探訪」という企画を4月から続けてきたが、今回がとりあえずの最後となる。いわゆるグランドフィナーレというヤツである。そして最後に読むフランス文学として用意していた作品は、アレクサンドル・デュマの大長編『モンテ=クリスト伯』となる。

アレクサンドル・デュマ(大デュマ:1802-1870)。今回紹介する『モンテ=クリスト伯』をはじめ『三銃士』『王妃マルゴ』など、フランスのみならず世界文学史に燦然と輝く名作を残してきた19世紀の作家である。『モンテ=クリスト伯』は1840年代に新聞連載小説として発表され絶大な支持を受け、デュマを人気作家として不動の地位に付けた作品なのだという。そしてその内容は一人の男の復讐の物語なのだ。本作は日本でも様々な訳出本が出版されているが、今回読んだのは新庄嘉章訳による講談社文庫版全5巻のものとなる。

物語の序幕となる舞台は1815年、ナポレオン失脚間もない王政復古時代のフランス。将来を嘱望され順風満帆の人生が待っていたはずの主人公エドモント・ダンテスは、結婚式のその日、突如逮捕される。それは彼の成功と幸福を妬み、その存在を邪魔に思っていた3人の男たちの邪な奸計によるものだった。終身刑を言い渡され監獄島に幽閉されたダンテス。幸福の絶頂から地獄の如き絶望へ。だが暗黒の中に捨て置かれたダンテスは収容所で一人の牧師と出会い、広範な知識と莫大な財宝の在り処を託される。14年の時を経て脱獄に成功したダンテスは燃え盛る復讐の念を胸にパリへと向かう。その名を「モンテ=クリスト伯」と変えて。

本作の中心となるのはダンテスを陥れた3人の男への復讐である。しかしそれは単に死を持って購う謀殺といった単純なものではなく、真綿で首を絞めるが如き計略により相手を出口無しの完膚無き絶望の底へと陥れるといった形でだ。ダンテスは3人の男たちに直接にではなくその職務や家族たちを利用しながら、どこまでも用意周到に搦め手で攻略を仕掛けてゆく。ダンテスは監獄島の牧師から譲り受けた小国一つの資産にも匹敵する莫大な財産を徹底的に利用し、「パリに出没する謎の大金持ちモンテ=クリスト伯」としてそれらに手を下してゆくのだ。

大部の紙数となる本作ではこれら復讐の行方を追いながら、「ダンテスを陥れた3人の男たち」の家族の様々な人生模様が描き出され、それにより幾つもの小さなドラマが生み出されることになる。それはロマンスであったりサスペンスであったりミステリであったりといった形でだ。それらドラマは最初横道を逸れた小話のように思わせながら、実はダンテスが青写真をひいた遠大な計画により巧妙に操られたものとして本筋に吸収されてゆく。なにより本作を傑作中の傑作たらしめているのは、過不足なく絶妙なバランスで配された、この類稀なる構成手腕そのものにあると言っていい。

それはこの作品が新聞連載小説であったことがひとつの理由となるだろう。細かな物語の展開は長大な紙数を飽きさせずに読み続けさせる効果を生み、尽きせぬ興味を持たせながら終端へとページをめくる手を止めさせないのだ。そしてこういった構成の完成形にして決定版を19世紀の古典文学として確立させている部分に、この作品の偉大さと重要さとがあるのだ。いわゆる名作古典文学ではあるがその内容は親しみ易い大衆娯楽作品であり、復讐と言う卑俗なテーマは誰にでも分かり易く、この21世紀でも、そしてこの後の時代にも語り継がれ読み継がれる物語であることは間違いないだろう。

そして本作の真に素晴らしい部分は、これが単なる復讐の物語で終わるものでは決してなく、一人の人間の魂の遍歴とその数奇な運命とを、鮮烈な筆致で描き上げた点にあると言っていい。復讐という暗い情念に憑りつかれ、冷徹な計画を遂行する復讐者として生きるダンテスが、クライマックスにおいて己の行動が果たして正しかったのかと逡巡し、それまで決して現さなかった感情を爆発させるシーンがある。それは彼を死んだと思い、彼を陥れた男と結婚してしまったかつての婚約者、メルセデスにその正体を告げるシーンだ。ここでダンテスは己が身にまとっていた復讐の暗い闇をかなぐり捨て、失った愛に呻吟し、全ての計画を止めようとすら決意するのだ。それは人間性とは何か、モラルとは何なのかについてテーマが舵を切った瞬間である。この一瞬の変転の中にこそ、この物語の真意があるのだ。