最近読んだコミック:諸星大二郎と花輪和一

夢のあもくん/諸星大二郎

主人公少年あもくんの目を通し(たまにお父さんの目を通し)、日常生活の影に潜む不安や恐怖を描く短編集。7年前に『あもくん』というタイトルの単行本が出ているが、その続編となる。描かれるのは逢魔が時に巡り合う現実と幽界の境目の如き薄ぼんやりした怪異であり、誰もが子供時代に妄想したであろう恐怖の形である。同時にそれは実存的な不安の具現化ともいえる。そういった怪異譚だけでなく諸星らしい脱力ギャグ作品も収められており、特に「回談」のアイディアはこれまでどのギャグ漫画家も成しえなかったであろうとんでもない下らなさであり、これは是非シリーズ化して欲しい。あとちょっとした特別ゲストの登場も嬉しい。

アリスとシェエラザード諸星大二郎

同時期に諸星本が2冊刊行とはこれまた嬉しい事件だ。この『アリスとシェエラザード』はヴィクトリア時代ロンドンを舞台に、表題にある二人の女性が探偵となり、依頼された様々な怪奇現象を解決してゆくというもの。女性二人が主人公という事から諸星の『栞と紙魚子』を連想させるが、「交霊会」や「甲冑の亡霊」などイギリスらしいオカルト・怪異が描かれ、設定にきちんと必然性がある。内容的にも「幽霊話」が多くその辺りもイギリスぽい。それにしても諸星、まだまだこんな新設定で物語を創り出している部分に凄みを感じる。

呪詛 封印版花輪和一

それにしても諸星本の次に花輪本とはこれは嬉しい事件どころではない。とはいえこの『呪詛 封印版』、2014年に刊行された『呪詛』に10篇の未収録作を追加した増補版となっていて、最近よくある「再販商法本」のような体裁ではある。

しかしだ。日本漫画界の極北を行く孤高の花輪漫画は出たら買う、これは宿命であり運命である。そしてこれが読んでみると、「再販商法」どころか「またもやゲロゲロなものを読ませていただいてありやとやっした!」と45°の角度で頭を下げたくなるような作品集であった。実際のところ、昔読んだ2014年版『呪詛』の内容を結構忘れていたので新鮮な気持ちで読めたのと、未収録作10編が安定の高クオリティだったのだ(未収録作は全体の4分の1ぐらい)。

この『呪詛 封印版』では1作8ページ程度の作品が33編収められているが、そのどれもが、恨み辛み妬み嫉みのかぐわしき腐臭に満ちた奈落の物語だ。そこには生き地獄と死んでもなお続く責め苦と、歪んだ信仰心と救済無き救済が満ち溢れている。登場人物たちが抱える黒々とした情念は醜悪な実存として現実世界に血肉を得る。それはおぞましい業病となって登場人物の体を覆い、あるいは異形の化け物となって軒下を這いずり回るのだ。

この「情念の肉体化」という部分に於いて花輪漫画はホラー映画監督デヴィッド・クローネンバーグ作品と同様のグロテスク極まりない情景を展開する。しかしクローネンバーグのシャープな変態性と異なり、花輪が描くのは精神疾患が生み出したが如き悪夢だ。それは因果応報という名のサディズムであり、あらゆる角度から描かれた人の心の地獄である。花輪作品は救いの無さが究極まで達してしまったがために逆にユーモラスですらある。そう、人は絶望の奥底まで堕ちたとき、呻吟よりもむしろ虚無的な笑いを上げてしまうのかもしれない。絶望と哄笑に満ちた地獄、それが花輪漫画だ。