麻薬王の巨大資産を巡って裏社会の魑魅魍魎どもが蠢きだす!/映画『ジェントルメン』

ジェントルメン (監督:ガイ・リッチー2020年イギリス・アメリカ映画)

f:id:globalhead:20210516145306j:plain

引退を決意した麻薬王の巨大資産を巡り、裏社会の魑魅魍魎どもが虚々実々の駆け引きを展開するというクライム・ムービー、それが『ジェントルメン』だ。監督は『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』『シャーロック・ホームズ』など、凝ったシナリオとスタイリッシュな映像で見せてゆくイギリス人監督ガイ・リッチー。主演はマシュー・マコノヒー、さらにチャーリー・ハナムヘンリー・ゴールディング、ミシェル・ドッカリー、コリン・ファレルヒュー・グラントらが登場しシブイ役どころを演じている。 

イギリス・ロンドンの暗黒街に、一代で大麻王国を築き上げたマリファナ・キングのミッキーが、総額500億円にも相当するといわれる大麻ビジネスのすべてを売却して引退するという噂が駆け巡った。その噂を耳にした強欲なユダヤ人大富豪、ゴシップ紙の編集長、ゲスな私立探偵、チャイニーズ・マフィア、ロシアン・マフィア、下町のチーマーといったワルたちが一気に動き出す。莫大な利権をめぐり、紳士の顔をした彼らによる、裏の裏をかくスリリングな駆け引きが展開する。

ジェントルメン : 作品情報 - 映画.com

ガイ・リッチー監督は『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』『スナッチ』 『ロックンローラ』など、英国裏社会を生きるチンピラどもの野放図な生態を描く低予算アクション、それとは別に、『シャーロック・ホームズ』シリーズや『コードネーム U.N.C.L.E.』、『アラジン』といったビッグバジェットのエンターティメント作品の両方を得意とするが、今作『ジェントルメン』ではガイ・リッチー監督の原点に還った英国裏社会映画となる。

ガイ・リッチー監督による裏社会映画は、多数の登場人物が入り乱れる複雑なシナリオと時系列をいじくったトリッキーな展開、CM/ミュージック・ビデオ畑出身らしいスタイリッシュな映像がその特徴となるだろう。同時に、モラル皆無の薄汚い社会で、目先の金目当てにちまちまと生きる連中の、さもしく卑しい生態を生々しく描く部分が印象的でもある。最初オレはこの「セコい連中のセコい生き様」を描く初期作品が苦手で、ビッグバジェット作品以外のガイ・リッチー作品は無視していたのだが、ガイ・リッチーによる『リボルバー』等ジェイソン・ステイサム主演作に触れてから見方が変わり、いつしか殆どの作品を観るようになってしまった。

この『ジェントルメン』でも、さもしい連中によるちまちました化かし合いといった点において、かつてのガイ・リッチー作品と殆ど変わりはない。登場するのが英国麻薬王であったりユダヤ人資本家であったり中華ギャングのドンであったりと、そのスジの大者ではあるのだが、やはりどうにもさもしさばかりが目に付く。こんな連中が奸計を巡らし裏の裏をかきながらお互いの足の引っ張り合うといった物語であるため、すっきりと分かり易いカタルシスは存在せず、舞台となるイギリスの空のようにどんよりと湿気った展開となってゆくのだ。

しかし、実は、それがいい。ああ、これが英国流のセコくイヤラシくゲスな外交術なんだな、となんだかしみじみと納得させられる。そしてそんな連中の遠回しで回りくどい、これまた英国流の対話にニマニマさせられるのだ。ハリウッド映画のようにすぐにドンパチ始めて血の海と死体の山を築いたりするような物語ではないのだ。特に麻薬王ミッキーの片腕レイが、失踪した貴族の娘を探してチンピラのアパートを訪れた際、いきなり暴力に訴えるのではなく言葉と暴力の匂いだけでじわじわとチンピラどもを圧倒してゆく様などはそのイヤラシサにワクワクさせられた。このイヤラシサこそが「ジェントルメン」の「ジェントルメン」たる所以だろう。

同時に、やはりハリウッド作品とどうしても違ってしまうのは、アメリカと違ってイギリスは銃の規制が厳しく、例え裏社会といえどやたら大っぴらに銃撃戦をおっぱじめるわけにはいかない、といった点があるのだろう。もちろん要所要所で銃にモノを言わせたりはするのだが、それもここぞといったシーンであり、だからこそ銃撃のシーンが生きる。むしろ、銃がモノを言うまでのギリギリの駆け引きと腹の読み合いが緊張感を生み出す物語なのだ。

もうひとつこの作品で特徴的なのは、主人公ミッキーの麻薬稼業の裏に英国貴族社会の実情が存在するといった点だ。これはもうイギリスならではの実情であり、着眼点として非常にユニークだった。そんな麻薬王と貴族社会の繋がりを描く作品に、英国貴族社会を描いた名作TVドラマ『ダウントン・アビー』で貴族令嬢を演じたミシェル・ドッカリーが出演し、麻薬王の妻を演じているといった点でもニヤリとさせられる作品だった。