C・J・ボックスの冒険ミステリ『発火点』を読んだ

発火点 / C・J・ボックス (著)、野口 百合子 (翻訳)

発火点 (創元推理文庫)

猟区管理官ジョー・ピケットの知人、ブッチが失踪。彼の所有地からは2人の男の射殺体が発見されていた。殺害されたのは連邦政府環境保護局の特別捜査官で、ブッチは同局から不可解かつ冷酷な仕打ちを受けていた。ジョーは、狩りの名手で山を知り尽くしているブッチを追うが……。大自然を舞台に展開される予測不可能な追跡劇の行方と、事件に隠された巧妙な陰謀とは。手に汗握り、一気読み間違いなしの大迫力冒険サスペンス! 〈猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズ〉新作登場。

荒っぽい冒険小説が読みたくなり、 去年刊行されたC・J・ボックスの『発火点』という冒険ミステリを選んでみた。C・J・ボックスの小説は初めてだが、この『発火点』は〈猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズ〉の一作なのらしい。

舞台はアメリカ、ワイオミング州の小さな町。物語はこの町に住む建築業者ブッチの地所から二人の特別捜査官の死体が発見されるところから始まる。ブッチは二人と工事を巡るいさかいを起こしており現在行方不明。ブッチの知人でありこの物語の主人公でもある猟区管理官ジョー・ピケットは森林捜査を開始するが、ブッチが犯人とはどうしても思えなかった。そしてジョーは事件の背後に存在する薄汚い陰謀を察知するのだ。

物語はワイオミング州の広大な森林を中心に展開してゆく。ブッチを追跡するために環境保護局やFBIによる大規模な山狩りが行われるのだ。豊かで瑞々しく、同時に人の介入を拒む大自然の描写が迫真的に描かれる。険しい山並みや緑為す木々の様子、そこで生きる動物たちの生態などが生き生きと迫ってくるのだ。

この森林での緊迫の追跡劇が本作のキモであり、森を知り尽くしたブッチとジョー、それに対して自然への知識が乏しい連邦組織のどこか間の抜けた行動が対比的だ。さらに地元のゴロツキどもがブッチの首に賞金が賭けられたと誤解し彼を亡き者にせんと追撃を開始し、物語はさらに錯綜し出す。そして地元の保安官事務所と中央からやってきた連邦組織との対立の様があからさまになる。ここで描かれるのは土地に根差した者たちの頑固な地元愛であり、強権的な役人たちとは断固たる態度で挑む。地方在住アメリカ人の独立独歩な気風を描くのもまた本作なのだ。

物語には主人公ジョーや嫌疑をかけられたブッチをはじめとする多くの登場人物たちの陰影に富んだ人生模様が盛り込まれる。家族を愛しつましい人生を歩もうとしながら時に躓き悲嘆に堕とされる市井の人々の哀歓が生々しく活写される。そこには剣呑な政府組織への不信と不満も加味されている。そういった部分でも特にアメリカ人読者の共感を得る作品になっているが、もちろん日本の読者にもその生活感は十分に共感を持って迎え入れられるだろう。

物語は後半大規模なカタストロフィを迎え、白熱のドラマとアクションへとなだれ込んでゆく。個人的にはちょいとやり過ぎなんじゃないか?とも思えたが、十分なカタルシスを得ることはできた。柔和な中にも一本芯の通った主人公ジョーの造形もなかなかに頼もしい。森林と山稜を踏破する冒険と邪な陰謀を巡るミステリ、両方の面で充実した娯楽作だった。

発火点 (創元推理文庫)

発火点 (創元推理文庫)