ジョニー・トー映画を観まくった!(前編)

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ジョニー・トー、香港映画を代表する監督の一人であり、数々のノワール作品で絶大な人気を誇る監督でもある。オレのTwitterのフォロワーさんにもプロフィールにジョニー・トー好きを公言する方が結構いらっしゃったりする。

そんなジョニー・トー映画、オレは殆ど観ていなかった。以前Twitterでお勧めされて 『MAD探偵 7人の容疑者』(2007)を観た時は「これは凝ったシナリオだなあ」と感心したものだが、その後観た『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』(2009)が自分には今一つで、それほど興味を持てなかったのである。

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しかし最近韓国映画をよく観るようになり、その中で『毒戦 BELIEVER』(監督:イ・ヘヨン 2018年韓国映画)に衝撃を受けた。そしてそのオリジナル作品がジョニー・トー監督作『ドラッグ・ウォー 毒戦』(2012)だと知り、観てみるとこれがまたとんでもなく面白い作品だったのだ。説明を最小限にとどめた無駄のないシナリオとそこから生まれるスピーディーな展開、余計な情緒を削ぎ落したハードボイルドさ、次々と虫けらのように死んでゆく登場人物の命の軽さ、時折顔をのぞかせる唖然とさせられる描写(警察車の箱乗りってなんなんだ!?)、どれもこれもが「監督それ自身の文脈」でもって構成された優れた娯楽作だったのである。

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いやこれはジョニー・トー作品をちゃんと観てみるしかあるまい、オレはそう思い、例によってネットでジョニー・トー作品の人気作を調べ、気になった作品を虱潰しに観てみることにした。「ジョニー・トー祭」の始まりである。

しかしオレの「ジョニー・トー祭」が始まって最初に観た『エグザイル/絆』 (2006)がまた”トンデモ”な作品だった。殺し屋たちの漂泊を描くこの作品、銃撃シーンのスタイリッシュさは恍惚とさせられるほどで伝統芸の域に達していたが、あって無いようなストーリー展開に唖然とさせられた。後で調べるとシナリオも無くその日その日のフィーリングで撮影したのだという。なんだこの自由さは!?そんな一見イージーに撮影された作品なのにも関わらず引き込ませる作品に仕上げる才覚に驚いた。

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ジョニー・トー映画には単なる「戦闘/抗争」を描くのではなく特徴的なエピソードでピンポイントに牽引してゆく部分にユニークさがある。例えば『エレクション ~黒社会~』 (2005)は黒社会での跡目取り抗争を描くが、ただ単にヤクザ同士の殺し合いを描くのではなく、会長になった者だけが手にできる「竜頭棍」なるアイテムの争奪戦を中心として描かれることになる。これはハメット『マルタの鷹』の如きマクガフィンを巡る攻防であり、「竜頭棍」という「モノ」が中心となる事により、憤怒や憎悪といった情緒性ではなくスポーツの如き奇妙なドライさが全編を覆う作品となっているのだ。ただしこの作品の続編である『エレクション 死の報復』(2006)はそのままヤクザ抗争の物語になってしまっており、これは平凡な作品に感じた。あ、木箱に人間入れて何度も坂から転げ落とすイカれた拷問は斬新だったけどね!

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『ブレイキング・ニュース』 (2004)では団地に立て籠もった強盗団と警察との攻防を描くことになるが、さらにここに警察によるメディアを使った印象操作というエピソードが加味される。これにより単なるアクションのみに留まらない、一捻りした面白さを味わう事ができる。勿論団地の構造を使ったアクションも醍醐味たっぷりだが、それよりも冷徹な女警官の登場が目を引く。男たちが戦いの興奮に忘我している最中にただ女だけが冷静なリアリストを押し通す。戦いという名のじゃれ合いにうつつを抜かす男と白けた表情で現実に帰ってゆく女、これもまたジョニー・トー映画の特徴的な側面だ。

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一方『ホワイト・バレット』(2016)は入院中の強盗団首領とそれを警護する警察、首領奪還を狙う強盗団との戦いを描くが、病院内が舞台の密室的なクライム・サスペンスという部分で斬新だ。特にバレットタイムを使った病院内銃撃シーンが秀逸。また、警察側は強盗団首領を闇に葬ろうと画策しており、この戦いが正義と不義の戦いではなく体制側と反体制側との闘争であることが浮かび上がる。このようにジョニー・トー映画には単純な正義が存在せず、異なる既得権益者同士の潰し合いといった形で戦いが描かれるのだ。つまり「警官=正義」では決して無いのだ。

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これをもっと押し進めたのが『PTU』 (2003)だろう。「PTU」とは「香港警察行動部の警察機動部隊」の略だが、物語は夜警をする警官たちのある夜の出来事を描いたものとなる。ここで警官たちはある不祥事をもみ消す為に行動し、はからずもある事件と遭遇する。『ホワイト・バレット』と同じく警官は決して正義の側として立ち回るのではなく、ただ自らのシステムを侵犯する者と闘争を繰り広げるのみなのだ。ここにやたら善悪を喧伝しないジョニー・トー映画の冷めた視点がある。それにしてもこの作品、たった一夜のみの時間帯を舞台に延々香港の夜の街並みを映していくのだが、この冷え冷えとした映像がひたすらクールで美しい。トー映画の描く夜の美しさは格別だが、特にこの『PTU』の美しさと迫真性は群を抜いていた。

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そんな中『暗戦 デッドエンド (1999) は余命幾ばくもない男が完全犯罪を企み警察に挑戦状をたたきつけるという娯楽作。これも他のトー作品と同様に正義と不義の確執を描くものではなく、主人公たる犯罪者と警官は対立した者同士のように見せかけながらホモソーシャルな恍惚の中でねっとりと喘ぎ絡み合う。もうお前ら付き合っちゃえよ!軽快なテンポで描かれた快作だろう。

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そして『ザ・ミッション 非情の掟』(2000)。ジョニー・トー映画ランキングでは1位になる事も多いこの映画、いやこれは視聴するのに苦労した。中古品は高値で取引されネットレンタル店でも延々貸し出し中で、2週間待ってやっとレンタルできた。5人の殺し屋たちが何者かに狙われている暗黒街のボスを警護するという話なんだが、対立する組織同士の戦いというよくある話ではなく、敵の正体がようとして知れない部分に特色がある。そういった部分に不気味な面白さがある。そしてジョニー・トー映画を観てよく思うのは、時代を感じさせない撮影のモダンさときっちりキマッたアングルの美しさだが、この作品などはその真骨頂だろう。銃撃戦の演出などももはや「ジョニー・トー節」とでも言いたくなるような独特さで魅力がある。登場する5人の殺し屋を演じた俳優たちは後に『エグザイル/絆』で結集しその怪しげな魅力をたっぷり披露することになる。ただ、先に『エグザイル/絆』を観ていたのと期待値を上げ過ぎていたせいか、少々印象が薄く感じてしまったんだよなあ。その辺が残念。

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 (後編に続く)