スーパーヒーローどもを地獄に堕とせ〜『THE BOYS』

■THE BOYS (1)(2) / ガース・エニス

コスチュームを着たヒーローが空を飛び、マスクをつけたヴィジランテ(自警団)たちが夜を徘徊する世界では、彼らがヤリすぎないよう誰かが見張っていなければならない。なぜならスーパーヒーローの中には、必ずしも“正義の味方”とは言えないような、やっかいな連中も存在するからだ。そこで登場したのが「ザ・ボーイズ」だ。ある意味、地上で最も危険な能力を持つスーパーヒーローに対抗するため、CIAが招集したのは、やっぱり危険でクレイジー、一筋縄ではいかないやっかいなヤツらだった。ビリー・ブッチャー、ウィー・ヒューイ、マザーズ・ミルク、フレンチマン、ザ・フィーメール、彼らは今日も“スーパーヒーローどものご乱行”に目を光らせる!

ヒットマン』(レヴュー)のガース・エニスが放つ問題作、それがこの『The Boys』だ。
舞台となるのは派手なコスチュームをまとったスーパーヒーローが何十人と存在する世界。それだけのスーパーヒーローがいれば世界はすっかり平和になっている筈だろう。だがそうではなかった。"正義の味方"をかさに着た彼らは、時にやり過ぎとも言える破壊と犠牲者を出し、時にその能力を鼻にかけて狼藉の限りを繰り返していたのだ。そしてそんな彼らを監視する組織が結成された。その名は「ザ・ボーイズ」。"毒には毒を"の例え通り、「ザ・ボーイズ」たちのスーパーヒーローたちに対する制裁は熾烈を極め、さらにそれはひたすらアンモラルな道を辿って行った。そしてそこには、「ザ・ボーイズ」チーフであるビリー・ブッチャーの煮えたぎるような私怨が隠されていたのだ。
冒頭から物語は凄惨だ。ヒーローによる活躍のとばっちりを受け、目の前で恋人を潰れた肉塊にされた男が登場する。そして「ザ・ボーイズ」チーフ、ビリーの強姦シーンだ。新たにヒーローチームに抜擢された少女は仲間のヒーローたちにフェラチオを強要される。さらに素っ裸のヒーローたちが女を買い、狂気の笑みを浮かべて乱交に高じる。その後も物語は夥しい量の暴力と破壊、吐瀉物と糞尿、殺戮とアンモラルなセックスが繰り返し描かれ、ひたすら下劣なアンチヒーロードラマが繰り広げられてゆくのだ。
スーパーヒーローと対峙する「ザ・ボーイズ」たちもまた異様な連中だ。メンバーは誰もが皆どこかタガの外れたような狂気を兼ね備え、どこまでも無感動にヒーローや敵対するものたちに暴力を加え、叩き殺す。それはもはやどちらが正義で悪かという問題ですらなく、下司な者同士の潰し合いであり、「スーパーヒーロー対アンチヒーロー」の虚無的な抗争なのである。そんな中、「ザ・ボーイズ」の新規メンバーであり、恋人をヒーローに殺された男ヒューイだけが、この異様な陰謀と殺戮の世界で右往左往し、その良心を痛める、というのがコミック『ザ・ボーイズ』の流れとなる。
ここで描かれるのは、一般的には綺羅星のような存在として愛されているスーパーヒーローたちを、どれだけ地に落とし泥に塗れさせることができるかという悪意である。徹底的なヒーロー憎悪である。スーパーマンバットマン、アイアンマンやスパイダーマン、そしてX-メンといった、人気あるアメコミヒーローたちを想起させるキャラが次々と登場するが、彼らは皆一様にクソ野郎であり、人間の屑であり、セックス狂いであり、頭の弱いチンピラとして描かれる。
これら虚無的な哄笑に満ちた下劣な物語展開は、作者ガース・エニスの、徹底的なヒーロー否定の発露と言えるのかもしれない。最初にも触れたガース・エニスの『ヒットマン』も、そもそもがヒーロー否定の物語だった。あの作品に登場するセクション8はスーパーヒーローの皮肉めいた戯画化だし、主人公トミーはヒーローとは名ばかりの殺し屋である上に、実の所単なる負け犬でしかなかった。そのヒーロー否定のガース・エニスが、今作ではヒーローを地獄に堕とそうとしている。『The Boys』はその過激に過ぎる展開は正直うんざりさせられることが多いが、ガース・エニスの「憎しみ」だけは存分に伝わってくる、という異様な物語なのである。

ザ・ボーイズ 1 (GーNOVELS)

ザ・ボーイズ 1 (GーNOVELS)

ザ・ボーイズ 2 (GーNOVELS)

ザ・ボーイズ 2 (GーNOVELS)