■殺し屋たちの挽歌
非情と無情が交錯するタフでマッチョなハードボイルド・ストーリー『ヒットマン』の第4巻は以下の章により構成される。それは「死者の国」「殺し屋たちの挽歌」「その夜の翌朝」「新鮮な肉」「老犬―オールド・ドッグ」の5章である。
まず最初の「死者の国」ではトミーとその仲間とがゴッサム・シティに巣食う吸血鬼の軍団と一戦交える様が描かれる。まずは軽くウォーミングといったところか。しかし荒唐無稽な題材ながら、冒頭では前巻において心に深い傷を負ったトミーの空虚な日々が描かれもする。そう、全ての物語は引き継がれているのだ。
続く「殺し屋たちの挽歌」ではトミーの仲間であり、同じ殺し屋である中国系アメリカ人リンゴ・チェンの物語が中心に描かれる。リンゴはこれまでの物語にも登場していたが、ここではトミーと対立しお互い銃を向け合うようになってしまう。それもこれも単純な行き違いからなのだが、仲間をファミリーの如く扱うトミーは心が重い。そんな折、復讐に燃えるマフィアが二人を拉致監禁し、惨たらしい拷問を繰り返してゆくのだ。死を悟ったリンゴは自らの過酷な生い立ちをトミーに語り始める。そして物語は、壮絶極まりない戦いへと否応なく繋げられてゆくのだ。この章はジョン・ウーとチョウ・ユンファに捧げられており、彼らの映画作品を彷彿させるような男たちの非情の挽歌が語られてゆく。監禁され拷問を受けるトミーにスーパーヒーローの面影は既にない。ここにあるのは、常に死と隣り合わせであり、今生きているのはたまたま運が良かったからに過ぎない非力な男の影なのだ。
■その夜の翌朝
「その夜の翌朝」ではトミーと彼の元カノ、ティーゲルとの復縁を巡る物語だ。ティーゲルはトミーを愛しつつも、彼が殺し屋稼業を営んでいることをまるで快く思っていない。併せてトミーの女たらしぶりが彼女の怒りに拍車をかける。そんな二人の諍いの様子はこれまでの物語でも度々差し挟まれていた。トミーはなんとかしてティーゲルと復縁をしたいが、不器用な彼にはそれがうまく行かない。コミカルな章ではあるが、まともな愛すらも得ることが出来ない殺し屋の悲しみが漂う章でもある。
「新鮮な肉」はタイムマシンで恐竜時代に旅してしまい、そこでティラノザウルスに追い掛け回されるトミーと彼の盟友ナットとのドタバタを描いた1作。おまけにその恐竜を現代に連れてきてしまうものだから大騒動である。しかも主人公トミーが肉食恐竜とはっしとばかりに戦うのかというというとそうでもなく、タフな事をほざきながら情けなく逃げ回るだけだ。さすがのトミーも肉食恐竜相手では分が悪い。とはいえ、ここでも描かれるのはスーパーヒーローでもなんでもないトミーの無力さなのだ。
■老犬―オールド・ドッグ
そしてラスト、「老犬―オールド・ドッグ」で物語はまたしても非情の世界に逆戻りする。トミーたち仲間が集う酒場、ヌーナン。ここにはトミーの養父でもある男、ショーンが店主を務めていた。百戦錬磨の男たちですら一目置く男、ショーンには数奇な運命で彩られた過去があった。一方、血に飢えたマフィアの武装集団がトミーの首を取るためにヌーナンを包囲していた。ヌーナンに立て籠もったトミーとその仲間たちは、あたかもアラモ砦のようにマフィアたちとの熾烈な戦いを繰り広げてゆくのだ。ここで描かれる激しい銃撃戦は硝煙の匂いさえ漂ってきそうな緊張感に満ち、その中でトミーとその仲間たちとの固い結束が描かれる。そして、彼らに父のように慕われる"老犬"ショーンの人生が重ね合わされ、哀切極まりないクライマックスへとなだれ込んでゆくのだ。「殺し屋たちの挽歌」でもそうだったが、この「老犬―オールド・ドッグ」でも、登場人物の過去を掘り下げ、彼らのキャラクターに非常に生々しい肉付けをしてゆく手法がとられる。そこから浮かび上がるのは裏社会に生きる者の悲しみや、そんな男の持つプライド、そして、気の置けない仲間たちのささやかな交歓の様子なのだ。こうして、物語は最終巻第5巻へと続いてゆく。