今度のスティーヴン・キングはミステリーに挑戦だ!『ミスター・メルセデス』

■ミスター・メルセデス / スティーヴン・キング


スティーヴン・キングが2014年に発表した『ミスター・メルセデス』が翻訳されて、一介のキング・ファンとしてはとりあえず読まねばなるまい、と例によって分厚い上下巻をドーンとまとめて買ったのである。いやあ、上下巻で軽く4000円弱ですよお兄さん。しかしキング・ファンともあるもの、キングの本が分厚いことも2分冊になってその値段がお高くなっていることも決して文句を言ってはならないのである。だっていつものことだしな!

ところで今回のキング、なんとミステリーなのだという。ホラーではなくミステリーである。いや、今までもホラーじゃないキング作品というのはあれこれ書かれていたが、『グリーン・マイル』みたいな人間ドラマだったり『ジェラルドのゲーム』みたいなサスペンスだったりして、探偵やら警察やらが主人公となった"真っ向勝負のミステリー"となると初めてかもしれない(帯にもキング初って書いてた)。しかしなあ、キングでミステリーか、なんか似つかわしくないなあ…。そもそもミステリーってそんなに好きじゃないのよ。殺人事件とかトリックとかどうでもいいもの。

そんなわけで不安半分で読み始めたが、う〜んコレ、やっぱり「ダメなほうのキング」なんじゃないかなあ。

お話は"退職警官vs殺人鬼"ってなものなんですけどね。まず殺人鬼、コイツが冒頭、早朝のハローワークに並ぶ失業者の列に故意に車で突っ込んで、死者8人をはじめ多くの負傷者を出すんですな。この時使った車が盗んだメルセデス・ベンツ。だからタイトルが『ミスター・メルセデス』。この事件は捜査も空しく犯人がまだ捕まってない。一方退職警官、名前はホッジス。現職時はミスター・メルセデスを追っていたが、退職後は燃え尽きちゃったのかすっかり生きる気力を失っていた。そんなホッジスの元に、ミスター・メルセデスから挑発めいた手紙が届く……というのが出だしになる。

でねえ、なんで「ダメ」だったかというと、登場人物にまるで魅力が無かった、ということ、それとミステリとして稚拙でうんざりさせられた、ということかな。

まずこの物語の登場人物ってぇのが退職警官も殺人鬼も含め誰も彼もが愚鈍なのよ。愚鈍って言い方は悪いかもしれないけど、なんかこう、ミステリなのにもかかわらず、「切れ味のいい所」が全く無い人物像ばかり、良く言っても「平凡過ぎる人たち」でしかないのよ。そもそもキング小説の登場人物って、もともとそんなに知的な人物像なんか描かれなくて、物語で一番知的なのは「田舎の学校教師」程度なのね。でも、そんな「平凡過ぎる人たち」が有り得ないようなオソロシイ怪異に見舞われるから逆にキングのホラーは凄まじく恐怖なんだよ。

しかしこの『ミスター・メルセデス』は仮にもミステリーと謳われている以上、捜査する側にも犯人の側にも「切れ味のいい所」があってしかるべきなのに、それが全く感じられないんだよな。主人公ホッジスは特技と言えば昔取った杵柄を振り回すだけで、日常生活自体は取り立てて人間的魅力を感じさせるもののない単なる肥満体のおっさんでしかなく、こんなおっさんに中盤ロマンスが降って湧くというのも取って付けた感しかしないいんだよな。そして最悪なのは犯人で、オレはもっとキレッキレのサイコパスを期待してたのに、実の所不幸な人生へのルサンチマンに癇癪起こしているだけのマザコン野郎でしかないのよ。要するに単なるバカで粋がりたがり屋のハンパなクソガキなんだよな。そもそもこいつがやった犯罪なんて盗んだ車で人込みに突っ込んだだけで、それ自体たいした頭を使うようなものではないにもかかわらず、こんな犯罪だけで「俺は天才だ!」とかぬかしてるんだから笑っちまうよ。

そしてミステリとして稚拙だなあと思わされたのは、事件を追う為の最初のとっかかりが、「盗まれたベンツはどのようにして盗まれたのか?」というそのトリックに物語の4分の1も費やしちゃってることなんだよな。いやもう読んでいてどうでもよくてさ。もっと調べる事あんだろ、と思っちゃうし、そもそも警察が殆ど調べ上げたことの取りこぼしからフリーの人間がどう糸口を見つけられるのか、というのが物語の醍醐味の筈なのに「なんでそれ、警察が突き止められなかったの?」と思っちゃうんだよな。それとコンピューター関係の描写がなにしろ「あんまり詳しくないオジサンが一所懸命書きました」って感じで読んでいてとても不憫な気持ちになってきてさあ……。ミスター・メルセデスのアジトを描くシーンでは、コンピューターが何台も置かれていて一見凄そうに見せかけつつ、具体的に使ってる描写はチャットだけ、というのがまた泣けてくる。

とはいえ、そこはキング、腐ってもなんとやらで、後半はそれなりに盛り上げてくれる。この辺のサスペンスの盛り上げ方は『11/22/63』あたりに通じるものを感じたが、そもそもキングは大ベストセラー作家だからこの程度のストーリーテリングはお手の物だろう。また、ホラーではなくミステリーだと謳いつつ、物語に頻出する明るい音楽を流しながら通りを流すアイスクリーム販売車というのはキング・ホラーに出てきそうな不気味な存在だし、途中"幽霊の声"なんて描写が出てきてはっとさせられるし、この物語世界が数多のキング・ホラー世界と繋がっていそうな不穏さを持っているのは確かなんだよな。そりゃまあキングの描いた小説だからといえばそれまでだけど。全体的に100点満点の全力投球した作品では全く無いんだが、読み飛ばしてまあ楽しめたと言えるぐらいのレベルはキープしている。ただこれを上下巻4000円出すべきかというとあまりお勧めもできないので、文庫になってから読んでも問題ないんじゃないかと思うな。

ところでこの作品、3部作の1作目なのらしく、本国では既に完結しているらしい。日本でも順次刊行されるんだろうが、今回の『ミスター・メルセデス』の出来がイマイチに感じたオレが引き続き読むのか、というともちろんイエス!である。またもや上下巻合わせて4000円するのだろうが、当然発売日に買って嬉々として読むことだろう。なぜならそれが「キング・ファンの摂理」だからだ。キングってとっかかりさえ掴めればどんどん面白くなってゆくタイプなので、意外と2作目3作目はとんでもなく面白くなってるんじゃないかと期待してるんだよ。