2013年:今年面白かった本などなど

沢山並べているように見えますが、これで今年読んだ本の3分の1ぐらいですから、実はたいして本は読んでいません。

■11/22/63 / スティーヴン・キング

11/22/63 上 11/22/63 下
今年一番といえばこれ、スティーヴン・キングの『11/22/63』でしょう。

キングの小説では、あらゆる出来事が、始まったその時に既に、終わりの予兆に満ちている。その終わりは、旅立ちだったり別離だったり、そして破滅であったり死であったりするのだ。それが穏やかで平穏な日であっても、喜びや楽しみや、温かな愛情であっても、今この時に生きている、という感覚を謳歌できない、うっすらとして確固たる確信、棘のように皮膚の下で疼く不安感、そのような遣る瀬無さ、無常さ、それがキングの小説には常に仄暗い鬼火のように輝いているのだ。ケネディ暗殺阻止の為、過去という「本来自分が属するべきでない世界」で生きることを余儀無くされた男が、孤独と漂泊の末に見出した愛。このささやかでかけがえのない愛さえも、自分は失わなければならないのか?時間旅行とラブ・ストーリー、この二つが絡むと、切なさはもう残酷さの域まで達する。そう、キングの『11/22/63』は、残酷なまでの切なさに満ちた時間旅行SFだったのだ。感涙必至。クライマックスが待ち受ける下巻は涙涙でページがびしょ濡れ、本がふやけてただでさえ分厚いキングの本が2倍の厚さになってしまった。ハンカチは必ず用意するべし。
レヴュー:スティーヴン・キングの新作『11/22/63』は残酷なまでの切なさに満ちた傑作時間改変SFだった!

■冬の犬 / アリステア・マクラウド

冬の犬 (新潮クレスト・ブックス)

冬の犬 (新潮クレスト・ブックス)

アリステア・マクラウドの『冬の犬』は、本当に「出会えてよかった」と思えた素晴らしい作品集でした。

そこには、厳しい自然の中で、望むも望まぬも無く、そこで生きざるを得ない、そこで生きる事しか知らない人々の、脈々たる歴史と家系が存在し、人々はその土地で、自分のできることをし、あるいはできなかったことを悔やみ、淡々と生き、人を愛し、子を生み育て、仕事をし、そして老いて、いつしか死んでゆく。ここでは人生への讃歌や自然への畏敬が描かれるのではない。ただ、自分たちは確かにそこにいて、そこに生きた、という、溜息のようにささやかな、生の記録があるだけだ。それでも、それら全ての生は、どれもが愛おしく、胸を打ち、共感に溢れている。珠玉という言葉があるが、その言葉がまさにあてはまるような、磨き上げられた珠を思わせる、極上の短編集『冬の犬』。本を読むのが好きな方であれば、きっと堪能できる作品集であるに違いない。あと、動物が、特に犬が頻繁に登場するので、動物好き・犬好きの人にもお勧めです。
レヴュー:冬の町、冬の土地、冬の人々。〜アリステア・マクラウド珠玉の短編集『冬の犬』

■老人と宇宙(そら)シリーズ / ジョン・スコルジー

老人と宇宙(そら) (ハヤカワ文庫SF) 遠すぎた星 老人と宇宙2 (ハヤカワ文庫SF) 最後の星戦 老人と宇宙3 (ハヤカワ文庫SF) ゾーイの物語 老人と宇宙4 (ハヤカワ文庫SF) 戦いの虚空 (老人と宇宙5)
今年読んだ中で1番のSFといえばこれ。というか、これ以外のSFはみんなつまらなかったぐらい。

75歳以上でないと入隊できない宇宙防衛軍!という設定から、爺さん婆さんがヨロヨロしながら異星人と戦うコメディSFかと思ったらさにあらず、人生を十分謳歌した75歳以上の人間だからこそ送り出される死と隣り合わせの熾烈な宇宙戦争がそこには待っていた、というお話なんですね。しかし爺さん婆さんじゃ戦士として役に立たないんじゃ?と思われるかもしれませんが、彼らは超テクノロジーにより見た目の肉体も20代の完璧な戦士へと改造手術を受けたりするんですね。そしてこの物語の面白いところは、この超テクノロジーが地球人には隠され、コロニー連合という異星に版図を広げた人類だけが知っている、という設定なんですね。コロニー連合というのはどこか政治的に秘密を抱えた謎の多い人類集団だということが明らかになるにつれ、この物語がよくある単純なミリタリーSFとは一味違う物語世界を展開しようとしていることがわかってくるんです。その中で、映画『スターシップ・トゥルーパー』の原作ともなったロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』を現代的にバージョン・アップした異星人との宇宙戦争が描かれてゆくんですよ。
レヴュー:ジョン・スコルジーの『老人と宇宙(そら)』4部作読んだ (その1)
レヴュー:ジョン・スコルジーの『老人と宇宙(そら)』4部作読んだ (その2)
レヴュー:「老人と宇宙」シリーズ第5巻『戦いの虚空』は新たな章の始まりだった!

■考える生き方 / finalvent

考える生き方

考える生き方

オレにとって、顔見知りのブロガーさん以外で、最も尊敬でき、信頼できるブロガーはfinalventさんなんだと思う。

そんなfinalventさんが本を出した。『考える生き方』というタイトルで、ご本人も言及されているが、「自分語り」の内容だ。かねてから、「この人はいったいどういう方なのだろう?」と興味津々だった自分はさっそく読んでみた。「仕事・家族・恋愛・難病・学問、そして「人生の終わり」をどう了解するか?「極東ブログ」を主宰し、ネット界で尊敬を集める有名ブロガーが半生と思索を綴る」と惹句にあるように、そこにはfinalventさんの紆余曲折を経た半生と共に、それと自分がどう向き合ってきたか、どう考えてきたのか、が書かれている。書かれてはいるが、それは「こうすれば成功する!」だの「こうすればがっぽり儲かる!」などということが書かれているわけでは当然無い。もちろん「こう考えるのが人生を乗り切るベターな方法」といったハウツーものでもない。逆に書かれているのは、「そんなに成功した人生なんかじゃない、むしろ失敗した人生なんですよ」ということと、「自分の人生って空っぽだったのかなあ、と思うことがあります」ということだったりする。だからこその「空しさを希望に変えるために」という副題なのだ。
レヴュー:『考える生き方』を読んでわしも考えた

久住昌之のこんどは山かい!? 関東編 / 久住昌之

久住昌之のこんどは山かい!? 関東編

久住昌之のこんどは山かい!? 関東編

久住さんの軽妙洒脱な文章で書かれた「低山登山」体験記。これは山に(ただし低山)に行きたくなる!

久住昌之のこんどは山かい!? 関東編」は、オレと同じく山に全然興味が無く関わりもなかった久住昌之さんが、編集さんに言いくるめられて関東近辺のあちこちの山で低山登山を体験するというエッセイだ。久住さんはただ山なだけなら全然興味を惹かれなかっただろうが、山登り後に現地のメシ屋で美味い酒と美味い食いもんにありつける、と聞かされてついつい山登りをしちゃうのである。そしていわゆる素人向け登山らしく、なにしろ低地で、しかもだいたいは頂上近くまで車で行けるだけ行ってあとは降りてくるだけ、そして待つのは美味い酒と食いもの、それと温泉、という実にお気楽な登山をしてくるのである。
レヴュー:オレと山、山とオレ〜『久住昌之のこんどは山かい!? 関東編』

ケンブリッジ・シックス / チャールズ・カミング

ケンブリッジ・シックス (ハヤカワ文庫NV)

ケンブリッジ・シックス (ハヤカワ文庫NV)

久方ぶりにスパイ小説でキリキリとした緊張感を味わいました。

虚々実々、権謀術策の陰謀に次ぐ陰謀が渦を巻き、網の目のように罠が張り巡らされ、何が真実で何が嘘なのか、誰が味方で誰が敵なのか茫として解らぬままギャデスは運命に翻弄されていきます。それはあたかも鏡の国の戦争に巻き込まれたかのような、現実の裏側で進行する影の戦争、誰一人知らない闇の組織との戦いです。二重思考と二重生活、裏と表の社会に生きる諜報員たちが次々と登場し、まるでこの世界は一枚皮を剥くと誰も見たこともない不気味な異世界が広がっているかのようにさえ感じさせます。この物語は、ル・カレに代表するような敵対諜報部同士の息詰まるような諜報合戦を描くエスピオナージュ小説ではなく、「国家さえも揺るがすような、知るべきではない事実を知ってしまったごく平凡な男が巻き込まれる身の毛もよだつスリラー」として突出した面白さを醸し出しています。
レヴュー:”知りすぎた男”の恐怖を描く緊迫のエスピオナージュ小説『ケンブリッジ・シックス』

■不浄の血―アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選 / アイザック・バシェヴィス・シンガー

不浄の血 ---アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選

不浄の血 ---アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選

ユダヤ社会の徹底した異文化ぶりを堪能しました。

シンガーの作品群はその書かれた言語と同じようにホロコースト以前のドイツ・東欧ユダヤ人社会とその文化を主に描いている。そしてその文化の中心となるのは、なんといってもユダヤ教の戒律であり、その戒律を通じて描かれる人々の営みであり、そしてその戒律から生み出されるユダヤ人であることの歴史性とアイデンティティであり、さらにその戒律の禁忌から生み出される背教と戒めの物語なのだ。それにしてもこの短編集を読んでいて正直、ここまでユダヤ教というものが、古代パレスチナから連綿とその民族的歴史性を固持し続けるものであるとは思わなかった。ユダヤ教の歴史はそれこそ旧約聖書時代まで遡り、その成立以前である紀元前1280年頃のモーゼ十戒まで含めると実に3千有余年、少なくとも2500年以前の暮らしや規律や生きる寄る辺とする物の在り方を頑なに近代まで守り続けていたのだ。それはある意味、現在に残された古代といった様相すらある。
レヴュー:イデッシュ語で描かれた古くそして豊潤なるユダヤ社会〜『不浄の血―アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選』

■黄金の街 / リチャード・プライス

黄金の街 (上) (講談社文庫) 黄金の街 (下) (講談社文庫)
映画的で丹念な情景描写が秀逸でした。

確かに、派手でびっくりするような展開は無いにせよ、この「丹念な筆致」がこの物語を第一級の作品にしていることは間違いない。この丹念さは、実は作者が実際にニューヨークの街を歩き、様々な人や警官にリサーチしながら、その生の声や実際にあった出来事を積み重ね、それをフィクションの中に丁寧に生かした結果なのだそうだ。だから、この物語では一つの物事に対する人間の反応や対応の仕方が一筋縄ではなくて非常に面白い。一筋縄ではない、というのは、時として予想を裏切り、普通ならしないであろうと思われるような行動や言動をついついしてしまう、といった部分だ。
レヴュー:映画好きの方にこそお勧めしたいクライム・ノヴェル『黄金の街』(リチャード・プライス著)