汁の粘度が低い分映画の粘度も低かった〜映画『死霊のはらわた』

死霊のはらわた (監督:フェデ・アルバレス 2013年アメリカ映画)


1985年に日本公開されたオリジナルのライミ版『死霊のはらわた』を観たのは忘れもしない、有楽町の今は無き有楽シネマだった。この有楽シネマ、普段はATG系の邦画とか珍しいヨーロッパ映画なんかを公開していた変わった劇場で、大森一樹監督の村上春樹原作映画『風の歌を聴け』やアラン・レネ監督の『去年マリエンバートで』を観たのもこの劇場だったのだ(レネの映画は爆睡したが)。確か立ち食いソバ屋だかが1階にあるビルの2階で、古くて小さい昔ながらの名画座の、ロードショー映画館とはまた違った雰囲気が好きだった。
当時ライミは全くの無名だったし、なぜこの映画(オリジナル『死霊のはらわた』)を観ようとしたのは覚えてないが、多分そのゲロ気色悪い映画ポスターの毒気に当てられて、フラフラと劇場に足を運んでしまったのかもしれない。
なにしろオリジナル『死霊のはらわた』は凄かった。ショッキングなシーンでは、びっくりした観客全員が椅子からボンッ!と飛び上がったのだ。あまりのシンクロぶりに気付いた観客たちは、映画の内容とは関係なくクスクス笑っていた。その後も観客全員が画面の光景から避けるわのけぞるわで、なんだかジェットコースターに乗っているみたいだった。映画の内容も、「よくここまでやったもんだなあ」と驚くやら呆れるやらのものだった。確かに気色悪いし心臓にも悪いし、なにより小汚い映画だったが、あまりのやりすぎ感に観ていて途中からハイになってしまい、ヘラヘラ笑いながら観ていたぐらいだった。その後ライミがどれだけ華々しくハリウッドに迎えられたかは今では誰もが知ることだろう。
人里離れた不気味な別荘に遊びにやってきた能天気そうな若者たちが、次々と悪霊に惨殺される。いわゆるサマーバケーショントーチャー(今オレが思い付きで作った言葉なので突っ込まないように)の変形の一つだが、ライミ版のこの設定が既に一つのホラー・フォーマットになったぐらいなのではないだろうか(まあホラー映画も奥深いから以前からあったものなのかもしれない)。この設定は先ごろ公開されたメタ・ホラー映画『キャビン』で踏襲される。ホラー映画それ自体への批評ともいえる総決算的な映画だった『キャビン』が『死霊のはらわた』を舞台設定に選んだのは必然だったかもしれない。
という訳でやっとリメイク版の話になるが、実はあまり言うべきことも無い。低予算作品だった1981年作のオリジナルを、50倍近くともいえる予算をつぎ込み、最新形のVFXでリメイクした本作は、オリジナルの手作り感を離れ、よりリアルで残虐な極悪ホラー描写を見せている。そういえば『悪魔のいけにえ』のリメイクもこんな雰囲気だったなあ、と観ながらなんとなく思っていた。よりリアル、より残虐、より極悪、より暗黒、よりゴージャス。でも、それでは作品はより面白くなったのか?というとそんな訳でもないのだ。
別に駄作でも凡作でもないとは思うが、しかしもうこのフォーマット自体が退屈なのだ。いや、若い新しいお客さんが観れば、これはこれで刺激がたっぷりのスマッシュヒット作品に観られるかもしれない。もとより、そういった部分を狙って作られた作品なのだろう。ただ、無駄に年を取ったオッサンのオレには、もうこういうのは飽きてしまったのだ。思えば、『キャビン』が『死霊のはらわた』リスペクトをやった時点で、このテのフォーマットの作品は打ち止めになったような気がするのだ。オレはホラー映画の専門家ではないから、ホラーの"今"がどんなもんなのかはきちんと認識していないが、もはやこのジャンルはどこまでも過激を競うか、お笑いでお茶を濁すか、あとはマニア向けにするかぐらいしか差異性を導き出せないのだろうか。
しかしまあ、こういうのはホラー映画だけに限ったことではなく、どんなジャンルのものでも感じていて、ミニマルなマイナーチェンジを取り出してそこをもてはやしているだけのように思えてしまう。うーん、しかしこれは作品のせいでも時代のせいでもない。きっとオレが年寄になったせいなのだろう。だから今まで書いたことは全部年寄の冷や水だ。若い皆さんは鼻で笑って読み流してくれ。

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