変態さんいらっしゃい〜映画『アンチヴァイラル』

アンチヴァイラル (監督:ブランドン・クローネンバーグ 2012年カナダ・アメリカ映画)


変態にもいろいろありますけれども、そのひとつのフェティシズムっちゅうのもこれがまた奥の深いものでありましてな。異性の下着が大好きだああ!とかいうのはまだまだ分り易いほう、ハイヒールが好き!とかボンテージ堪らん!っちゅうのから始まりまして、ナース服ハァハァ!とか体操着ハァハァ!とか、異性の使った身の回りの物とか、挙句の果てには異性の髪の毛とか切った爪とか鼻かんだちり紙、とかが堪らん!となっちゃうわけです。オレがスゲエなあと思ったのは「六法全書を読む女」っていうビデオのことですかね。エロもなんもなくただ単に地味目の女子がタイトル通り六法全書を延々朗読するだけのものらしいんですよ。こういうのって下品な方向よりも観念的な方向に針が振り切ってるほうがわけ分かんなくて外野としては面白いですね。

そういった点でいうと「セレブと同じ病気になりたい!」という人たちが当たり前になった社会が登場するこの『アンチヴァイラル』、なかなかおかしな変態さんたちが描かれていて香ばしかったですね。お話はセレブの罹った病原菌が商品として取り扱われ、マニアな皆さんがそれを買い、一緒の病気に罹ってウヒョヒョヒョヒョと喜ぶというド変態な近未来が舞台です。主人公のそばかす青年はそのウィルスを売買する会社の技師なんですが、こっそりナンバーワン・セレブの病原菌を自分に注射したら、その後そのセレブが病死したことを知り、「え?僕も死んじゃうの?」と腰抜かしちゃうんですね。しかし調べてみると、セレブの病死には何らかの陰謀が隠されていたことを知り、このそばかす青年はその陰謀を追求してゆくんです。

病気が売買される世界なんて有り得なさそうではありますが、昔読んだギャグ漫画で、好きな女の子の風邪がうつって「ああ…彼女の罹っていた風邪菌が今俺の中を巡っている…」などと言いながら法悦の表情を浮かべるおバカさんが出てくるのを読んだことがあるんですよ(そしてそのオチが女の子の風邪じゃなくてむさ苦しいオッサンの風邪だったという)。だからまあ発想としては珍しいということもないんですが、それを大真面目に撮っているところがこの映画のポイントですね。いうなれば異性の爪だの髪の毛だのハナクソだのを有難がってコレクションする変態さんの延長なんでしょうね。しかしこの映画のいいところはそんな変態テーマを気色悪くではなく綺麗に撮っているということですね。まあ綺麗と言っても「綺麗なジャイアン」的には気色悪いんですが。

しょうもない変態さんの世界を描きつつ、この映画では白を基調とした美術がとても美しく効果的に使われているんですね。この白さって、言ってみれば病院や白衣、無菌室のクリーンさを表す白ってことなんでしょうね。あとこの物語ではセレブの体から培養した肉を食肉として売買している、なんて描写もあり、なかなかに変態度をアップさせていますが、これもカニバリズムというよりもセレブ=現人神と見なすことによる聖体拝領という具合にも取れるんですね。教会でキリストの血と肉であるところのワインとパンを受け入れる、というアレですね。そう考えるとセレブの病原菌を受け入れる、という行為もセレブ=現人神=キリストの受難を追体験する、といったふうにも取れるんですよ。つまり崇拝の対象である者の血と肉とその受難を受け入れるという意味では、この作品は一つの宗教体験の物語であり、セレブへの偏愛を異常で熱狂的な信仰として描いたものだといえるんですね。

監督ブランドン・クローネンバーグはかのデヴィッド・クローネンバーグの息子さんということなんですが、有名監督の二世という贔屓目ということではなく、監督第1作にしてなかなかのセンスを感じさせました。ホラータッチの作品であるとはいえ、親父と息子ではアプローチの在り方がやはり違っており、例えば同じ変態テーマを撮ってても親父はドロドロだけれども息子は奇妙に清潔だし、親父は禍々しい機械やアイテムを登場させますが息子はあんまりそれは興味無いらしくて登場する機械は無骨だったりするんですね。でも、それはそれで息子らしい個性と言えるんですね。そういった点で、両者の過不足を比べてどうとかいう見方をなるべくせず、あくまで新鮮な才能を持った新人監督の作品として接したほうがいいと思いましたね。

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