新旧ヒーローたちの黙示録〜コミック『キングダム・カム』

■キングダム・カム / マーク・ウェイドアレックス・ロス

近未来、そこはヒーロー不在の世界だった。正義と真実の象徴であるスーパーマンは引退し、多くのヒーローたちも姿も消していた。一方、台頭する新世代の超人類は我を忘れ、自らのパワーをみだりに使い、世界を混沌の渦へと巻き込んでいった。平和を希求する人々はなす術もなく、ただこの世の終焉を待つのみであった。だが、この状況を目にしたスーパーマンは苦悩と自責の念にかられながらも、世界のために復帰を決意する。スーパーマンは、バットマンワンダーウーマン、グリーンランタンなどかつての仲間たちとともに秩序を取り戻すべく立ち向かうのだが…。超人類たちとの対立を通して、「生身」のヒーロー像を描き出したアレックス・ロス渾身の一作。ラフスケッチほか100ページにわたる豪華資料を完全収録。

この『キングダム・カム』はスーパーマンバットマンをはじめとする旧ヒーローたちと新世代のヒーローたちとの戦いを描いたドラマである。タイトルである『キングダム・カム』は聖書マタイ伝の一節からとられたものであり、さらに物語冒頭でヨハネ黙示録を引用し展開するこの物語は、いわばヒーローという名の神々たちの最終戦争を描いたものだという事が出来る。「(your) Kingdom Come」は「(神の)御国が来ますように」という祝福の言葉の一つであるが、「時代の終り」「来世、死後の世界」といった意味もあるらしい。即ちこのコミックのタイトルは、神々であるヒーローたちの祝福されるべき王国の到来を告げるものであると同時に、その時代の終り、さらにはヒーローたちの死をも予見させたものなのだ。

しかし一見キリスト教的な世界観を下敷きにして作られているように見えるこの物語のヒーロー=神々の戦いは、ヒーロー=神々の世代交代という意味においてキリスト教的というよりはむしろギリシャ神話的な物語として成立しているように読めた。ギリシャ神話的宇宙観の原典といわれる神統記ではオリュンポスを巡りウーラノス-クロノス-ゼウスといった神々の世代交代が行われ、その中で様々な神々が生まれては覇権を争った。この『キングダム・カム』では半ば引退していた旧ヒーローが新ヒーローの目に余るオイタに業を煮やし戦いを仕掛けることになるが、要するにヒーロー=神々同士の覇権争いと言った趣がギリシャ神話的だと感じたのだ。そしてまたギリシャ神話の神々は喜怒哀楽が激しく非常に人間臭いとよく言われるが、高潔なだけで面白みの無いキリスト教世界の神・天使たちと比べても『キングダム・カム』の世界の人間臭いヒーローたちにより近いように思う。

黙示録を持ち出した割には冥界のルシファーとその魔族の軍団の如き絶対悪=ヴィランが登場しないというのも、そう感じさせる要因だ。結局この戦いはあくまでヒーロー=神々同士の戦いであり、人類は意外と蚊帳の外である部分なんかもギリシャ神話っぽい。つまりヒーローたちが勝手に戦っているので人間にとっちゃいい迷惑ってな話に読めてしまうのだ。これは多分オレがスーパーマンバットマンに対する感情移入の仕方があちらの国のコミック・ファンとは温度差があるからこう思えてしまうのだろう。そもそも白髪の増えたスーパーマンや矯正機付けたバットマンを見ても「もう無理して主役張らなくてもいいじゃん…」としか思えなかったりするのだ(ファンの人スイマセン…)。

ただ決してつまらない訳ではなくて、クライマックスのカタストロフは『ウォッチメン』を思わせる超ド級のものであり(意識したんではないかとも思う)、十分なカタルシスを得ることが出来る。ある意味「もうヒーローなんかいらない」とも読めるあのクライマックスは、神々の黄昏であり、神話の時代の終りを象徴するものでもあるのだ。それは要するにどんどんややこしくなってゆく現代において旧弊なヒーロー像はもはや有効じゃない、ってことなんだと思う。そんな中でスーパーマンバットマンを生かしておくにはどうしたらいいんだ?という作者たちの葛藤が現れた物語でもあるよな。まあオレ的にはキック・アスとヒット・ガールがいるからいいんじゃねーの?と思うんだけど。

しかしここまで書いておいてなんなんだが、『キングダム・カム』の本当の魅力は、圧倒的な作画力に支えられた鬼気迫るグラフィックにある。とことん写実的であると同時にヒーローのマッスをどこまでも迫力あるものとして見せるその描画は、眺めているだけでうっとりしてしまいそうになる。多数のヒーローたちが入り乱れて戦う様でさえ全く手を抜くことも無く徹底的に細部を描き、そして幾多のヒーローたちが顔を揃える表紙や章ごとのオープニング・グラフィックはじっくり見入ってしまうほど美しい。オレはアメコミはたいして詳しくもないんだが、この『キングダム・カム』のグラフィックに関してはアメコミの一つの到達点ではないかとさえ思ったなあ。アートしても本当に凄いから興味の沸いた方は一度手にとって貰いたいです。