DIRECTORS LABEL アントン・コービン Best Selection

DIRECTORS LABEL 4+1枚組スペシャル・パック (初回限定生産) [DVD]

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おおこれは不思議な監督ですね。最初の数作なんて、モノクロの粗い映像、荒野や海辺でロック・ミュージシャンがとぼとぼ歩く映像のPVばかりなんですよ。カタルシスも何も無いと言っちゃあなんですが、よく見て見るとこれ、放浪する預言者とアーティストを重ね合わせている宗教的なもののようなんですね。このアントン・コービンの宗教性は、燦然と輝く教会美術とは真逆の、放浪する求道者のストイックな精神性を表しているのでしょう。これが顕著になったのはヘンリー・ロリンズの戯画的な悪魔の姿と地獄を描いた書割で、それはニルヴァーナのPVにおける十字架に磔刑にされる老人のイメージで一気に結実するんですね。さらにジョイ・ディビジョンのPVがあたかも自殺したイアン・カーティスの葬儀を再現したかのような厳粛さの”黒”と魂の転生を思わせる清廉な”白”を対比して描いている事を考えると、この監督の奇妙に堅固な宗教性を感じないわけにはいきません。

特典映像のインタビューを観て、やっとNMMの表紙なども手がける音楽関係では著名なカメラマンなのだと言うことを知りました。何点かの作品も紹介されていますが、これ昔ロッキングオンとかで見た事があるぞお!といった感じの写真が目白押しで、己の不勉強を恥じた次第であります。いやあ、ジョイ・ディビジョンの地下鉄通路でメンバー4人が立っているあの写真ってアントン・コービンが撮影したものなんですね。彼自身も熱烈なジョイ・ディビジョン・ファンだったとかで、PV『Atmosphere』に使われているイアン・カーティスの写真も彼が手掛けたものなんだとか。うへえ。
(これがその写真)

写真家の撮るPVということを意識して見ると、ショット毎の画面の構成、衣装とキャラクター、そして画像全体の色合いや白黒の粒子のあり方が実に一枚の”絵”としてまとまっている事に気付くんですね。ストーリー性は殆ど無いのですが、この”一枚絵”としてのイメージの連なりを観て行くのが面白い監督なんだと思います。ただ逆に言うとダイナミズムには欠けるんですね。動きやリズム、音楽的な躍動感を映像にしようと言う監督では無いのです。そういったありがちなイメージを求めないミュージシャンに、アントン・コービンのPVの手腕は重宝されるのでしょう。

手掛けたアーティストは、デペッシュ・モードが5作、U2が2作。他にもエコー&ザ・バニーメンやプロパガンダ、デビッド・シルビアン、ジョイ・ディビジョン、と、80年代ブリティッシュ・ニュー・ウェーブの寵児達の作品が実に多い。しかしなぜかメタリカのPVも2作あって、オレはメタリカってよくあるヘビメタと勘違いしてましたが、PVで見る限りその音楽は瑞々しいヴォーカルと美しいアコースティック・ギターも奏でられる演奏力のしっかりしたロック・バンドでした。メタルに詳しい知人に言わせると”スラッシュ・メタル”なんだとか。なるほど。
しかしやはり圧巻だったのは先述のニルヴァーナの『Heart Shaped Box』です。宗教的なイメージ云々もさることながら、カート・コヴァーンが「テクニカラーで撮影して欲しい」旨を告げたところ、テクニカラーは現在中国に権利が売られていて撮影が困難なので、代案としてカラーで撮影されたフィルムを一度白黒に落とし、それに改めてデジタル彩色したのだそうです。のべ200人がその彩色作業に関わり、アントン・コービンの最も制作費の掛かったPVになったのだとか。そこまで手間を掛けて色彩の発色にこだわると言うのも、どこかカメラマンの職人気質を感じたりします。


■『DIRECTORS LABEL』レビュー
『DIRECTORS LABEL 4+1枚組スペシャル・パック 』
・マーク・ロマネック http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20051114
アントン・コービンhttp://d.hatena.ne.jp/globalhead/20051115
・ステファン・セドゥナウィ http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20051116
ジョナサン・グレイザーhttp://d.hatena.ne.jp/globalhead/20051129
○『DIRECTORS LABEL スペシャル・トリプル・パック (初回限定生産)』
ミシェル・ゴンドリースパイク・ジョーンズクリス・カニンガム http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20040502