20周年だった
2004年2月21日から始めた拙ブログ『メモリの藻屑、記憶領域のゴミ』が本日2024年2月21日で20周年を迎えました。
オレは今年62歳だからブログを始めたのは41、2歳の時だったんですね。月日の経つのは早いものです。特に感慨というものはないのですが、「よくもまあ今まで長々とやってしまったものだよなあ」と自分に感心しつつ半ば呆れてもいます。途中何度か「そろそろブログ止めたいなあ」と思った事はありますが、なかなか踏ん切りも付かず、今までダラダラ続けてしまった、という感じです。モチベーション云々というよりもブログを書くことが既に生活習慣になってしまっているので、止め時というのが分からないまま続けているんですよね。
このブログが10周年を迎えた時はそれなりの気負いがあり、次のような記事を書きました。
とはいえ20年も続けてみると気負うことなど何もなく、だから20年続けたことについて言いたかったことは最初に書いた文章で既に言い尽くしてしまいました。
ただそれだけだとちょっと寂しいので、例によってああだこうだとダラダラどうでもいいことを書いてお目汚ししたいと思います。
《目次》
- 20周年だった
- 20年続けたオレのブログスペック
- なぜブログを始めたのか
- ブログを20年続けて良かったこと、楽しかったこと
- ブログを20年続けたことの弊害
- ブログを続けて役に立ったこと
- なぜ20年もブログを続けたのか、続けられたのか
- 惰性とか言ってる割に毎回長文を書くのはなぜ?
- オレにとってブログとはなんだったのか
- ところで20年も続けていたら会社や家族などに身バレしていない?
- で、今後も続けるの?
- 最後に
20年続けたオレのブログスペック
・投稿日数約5150日
・合計アクセス数約85000(ただし「はてなダイアリー」から「はてなブログ」に移行してからの数なので本当はもっとあるんじゃないかな)
・読者185人(これも「はてなダイアリー」の時の登録読者を含めたら倍ぐらい)
・コメント数7138
・ブックマーク数6315
・スターの数約10000
・1日だいたい300~400のページビュー
まあ要するに、零細ブログです。
特に文才や知識があるわけでもないし、ブログをもっと読まれたいという向上心も無いし、オレの如き者の書くブログなのでこんなものかな、って感じです。
なぜブログを始めたのか
人生煮詰まってたからです。
20年前のオレは、仕事も私生活もあらゆることが煮詰まってましたね。20年前の42歳で煮詰まっていたオレ、というのはいろんな意味でヤバいものがありました。それをなんとか打破しようと新しいことを始めるべきだと思ったんですよね。思えば30代半ばの頃、まだWindows95か98だった時代にパソコンを購入したのも人生に煮詰まっていたからでしたね。それ以前、30代前後の頃に人生煮詰まった時はスーパーファミコンを買って昼夜遊んでいましたね。まあ要するに30代の頃からずっと、考えてみれば20代とか10代の頃からずっと人生煮詰まってたようなもんなんですけどね。まあ、碌なもんじゃありません。
で、ブログを始めてどうなったのか?ええ、実は人生が変わりました。
ブログを20年続けて良かったこと、楽しかったこと
・ブログを通じて相方と知り合った。
・ブログを通じてたくさんの素晴らしい人々と知り合えた。
・ブログを読んだ編集者の方から書籍コラムの執筆依頼があった。
・ブログで知り合った方たちとミニコミを作った。
多くの、様々な人と繋がれたこと、そしてそんな誰かの役に立ったこと、それがブログを始めて良かったことでした。
そしてそれにより、それまで他人とまるで関わらず、一人ぼっちでグルグルと自家中毒を起こしていた生き方が変わりました。ブログが、というよりもまず、人と繋がることが生きる上で大事なのだということなのでしょう。それを簡易な形で実現してくれたのがブログというツールであり、さらに言えば当時一気に広まったインターネットの恩恵でした。今はそれはブログではなくSNSが肩代わりしているのでしょうが、20年前のブログ流行りは、それなりに意義のあったものだったと思います。
ブログを20年続けたことの弊害
何もかもブログ中心の生活になってしまった、これに尽きます。
・映画や本に接する時どうやってブログにまとめるか考えながら観たり読んだりするクセが付いてしまった。
・旅行に行っていてもどうブログにまとめるか考えたりブログで使えそうな写真を撮ったりしていた。
・ブログ記事にする事が目的で特に興味のない映画や本に接する事もあった。
・ブログ記事を書くために生活一般のスケジュール調整をしていた。
・そして膨大な時間をブログ書きに費やしてしまった。
最初の数年はブログに書きたいことがあって書いていたし、そしてそれが楽しかったのですが、ある年数を超えたあたりから義務化習慣化してしまったんですよね。日課という形で生活に組み込まれてしまったせいで、書きたいことがある無しではなく、書くこと自体が目的化してしまったんですよ。義務感に支配されているので面倒臭いとか書くのがしんどいとか思っていても無理をして書いている部分がありました。ひどい時は体調が悪いのに無理矢理書いていた事もあった。......うーん、なんだか変な病気みたいですね。
ブログを続けて役に立ったこと
1.ひょっとしてボケ防止に役立ってくれているかもしれない……とは思ってます。
2.ブログを書く際にあらかじめ物事を調べる癖がついたので、多少はなにがしかの知識がついたかもしれません。
きちんとした文章にまとめるためや勘違いしたことを書かないために、なるべく調べ物をしてからブログを書くようにしています。それにより書く対象についてより深く理解・解釈できた部分がありました。書き出すという作業を経ることで思ったこと・考えたことを整理できる、という部分もありますね。
3.ブログが外部記憶というかインデックス代わりになっていて、これは結構便利です。
観た映画や読んだ本、聴いたCD、ちょっとしたイベント(これなどまさに日記)を逐一記録したので、後から「アレってなんだったけかな……」と思い出せない時、検索すればすぐ分かるんですよ。だからコミックをダブって購入したりしない!「この映画観てたっけ?」と思ったらすぐ調べられる!「相方と一緒に旅行したのはいつどこで?」というのも一発検索!これが20年分の記録として残っているんですよ。この「記録しておく」というのは後々便利なので、文章を書くブログを続けられなくなっても、メモ代わりとして続けたいな、という気はしています。
なぜ20年もブログを続けたのか、続けられたのか
単なる惰性です。あと変な意地かな。
途中でなんとなく止めちゃって、廃墟みたいになったブログを誰かに見られるのが嫌だったからです。なんかそういう無意味な部分で見栄っ張りなんですよね。止める時は「今日で止めます」と宣言してから止めたいのですが、やっぱり唐突に書かなくなっちゃうのかもしれません。
惰性とか言ってる割に毎回長文を書くのはなぜ?
1.文章を簡潔にまとめられないから
書きたいことがたっぷりあるから長文になっているわけではないんです。オレの文章を読んだ方はすぐ気付くと思いますが、説明が下手だから回りくどくなってしまう、きちんと説明できてないと思って似たような言い回しを何度も使ってしまう、これが文章が長くなる理由です。分かっているんですが止められないんですね。クレイジーキャッツの歌みたいですね。あと年寄りなので話がクドイ、というのもありますね。
2.書いていて乗ってきちゃって、止まらなくなる
だいたいブログを書き出すときは義務的に嫌々書き始めるんですが、これが書き始めるとあーら不思議、書くことに没頭して延々書いてしまうんですね。実はあの長文、書き上げるのに2時間は掛かってるんです。さらに添削したりレイアウトを変えてみたりするのに何度も読み返してこれでまた1時間。なんだかバカみたいなんですが、実はそれが楽しかったりするんです。(何度も読み返してあの文章?とか突っ込まないように。)
3.結論。ブログを書くのは楽しい。だから書いていて長くなる。
オレにとってブログとはなんだったのか
単なる趣味。
これに尽きます。それ以上でもそれ以下でもありません。趣味に理由を求めないようにブログにも理由を求めません。趣味に意義を求めないようにブログにも意義を求めません。ブログを続けたことで得るものはありましたが、それは派生事項であり目的だったわけではないということです。
ところで20年も続けていたら会社や家族などに身バレしていない?
身バレはしているようです。
実は会社で同僚から突然「フモさんってブログ書いてるんだってね?」と言われたことは何度かあります。しかしちょっとびっくりはしますがあまり気にしていません。それはオレのブログの内容がそれほど多方面に興味をそそるようなものではないからです。せいぜい「本と映画の好きな人なんだ」と思われるだけです。
変に心情吐露したり、あからさまに私生活を陳列したり、何かを攻撃したり、思想信条を書き連ねない限り、つまり地雷めいたものを書かない限り、ブログを書いていることが分かったからといってどうということもありません。思ったほど他人は「ブログを書いている」ということに興味を示さないからです。それは「あの人は釣りが好きらしい」とか「ドライブが好きらしい」と思われるだけのようなものです。
でも「あ!実は自分もはてなでブログ書いているんですよ!」とか言われたらちょっと困るかな……。
で、今後も続けるの?
いやー、これが問題ですね。
オレももう結構な年なので、体力的にシンドイというのもありますし、多大な時間を費やすことで他にやりたい事・やるべき事が相当おざなりになっているという自覚もあります。そんなのは何年も前から分かっていることなのですが、なかなか改められられません。
とはいえ、実は今年定年を迎えることになり、さらに引っ越しも考えているので、私生活が否応なく慌ただしくなりそうなんですよね。そういった部分でこれまでのように悠長にブログ書きをしていられなくなるのと、こういう機会だからこそ更新頻度を少なくするべきだとは思っています。でまあその流れでなし崩しに止めちゃうかもしれませんが、それは神のみぞ知る、ですね。
最後に
という訳で結局いつものように要点もないままダラダラと書いてしまいました。20年続けてきたブログですが、その間に読んでくれた多くの方たち、関わることとなった多くの方たち、そしていつも心の支えとなってくれた相方さんに心から感謝を。楽しかったりきつかったりといろいろありましたが、こんな凡俗な人間でも20年もブログを続けて来れるのだと思うと、それなりの自負は感じるものです。これを心の中の小さな勲章にして、明日からもまた淡々と生きていくつもりです。でわでわ。