ヴォネガットの『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』と『これで駄目なら 若い君たちへ—―卒業式講演集』を読んだ

中学生だった時に読んだ『タイタンの妖女』に頭をぶん殴られたような衝撃を受けて以来、オレは大のカート・ヴォネガット狂となり、一人の信奉者としてその著作を読み続けていた。後年の作品はヴォネガット独特の説教臭い言辞が繰り返されるようになり、著作に接するのが億劫になったこともあったが、今でも尊敬する作家のひとりであることは間違いない。

そんなヴォネガットも2007年に亡くなられてから早17年。新作こそ読むことは叶わなくなったが、没後も落ち穂拾いのようにポツポツと未訳作品、関連書籍が訳され、それらを懐かしむように読んでいる。今日はそんなヴォネガットの、最近読んだ著作2冊を紹介する。

キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを/カート ヴォネガット (著), 浅倉 久志 (翻訳), 大森 望 (翻訳)

キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを

臨死体験後、キヴォーキアン医師の力を借りて死者と会話ができるようになったわたしヴォネガットは、アシモフヒトラーシェイクスピアらに対しインタビューをこころみた――著者による死者への架空インタビュー集。ヴォネガット「への」インタビューも併録

2023年にヴォネガット生誕100周年を記念して早川書房から刊行された『キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを』は、架空インタビュー集「キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを」と、新進作家リー・ストロンガーとヴォネガットとの対談「神様と握手――書くことについての対話」の2編が収録されている。

架空インタビュー集「キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを」は、ヴォネガットがラジオ番組用に書いた台本を元に構成されている。内容はヴォネガットが「制御臨死体験テクノロジー」なるものを使用して死後の世界へ行き、故人となった人へインタビューする、といったものだ。インタビューの相手はアシモフヒトラーシェイクスピアといった世界的な有名人だけではなく、当時のアメリカ社会で何らかの形で注目を浴びていた著名人も含まれている。

個々のインタビューはごく短く、紙面にしてせいぜい1~3ページ程度の長さとなる。そこでヴォネガットは、インタビューされる者の生前の功績を掘り下げたり罪業を追及したりという事をあえてしない。そこにあるのはヴォネガットらしいアイロニーがピリッと効いた、あたかも一コマ漫画のようなスケッチだ。それは、死んだ者は善人だった者も悪人だった者も平等に死者でしかない、と言っているかのようだ。それはヒトラーを相手にしてさえ一緒だ。ヴォネガットはかつてその著作で一人も悪人を描いたことがないと言われているが、ここにもそれが反映されているように感じた。

「神様と握手――書くことについての対話」の対談相手リー・ストリンガーは、自らのホームレス体験を描いた『グランドセントラル駅・冬』でデビューした新人作家である。ここでヴォネガットは先輩作家としてのアドバイスに加え、「作家とはなにか、小説を書くという事はどういうことなのか」を、お互いの共感を交えながら語り合う。

これで駄目なら 若い君たちへ—―卒業式講演集/カート・ヴォネガット (著), 円城塔 (翻訳)

これで駄目なら

ジョークが笑えるのは何故か、人々は何故孤独なのか。 男が本当に欲しいのは何か、何故「情熱的に行動する人々」が人生を価値あるものにするのか。 芸術家がすべきこと、音楽の慰め。 自分のルーツの大切さ、何故言論の自由やその他多くの自由を守らなければならないのか。 ヴォネガットは若い聴衆に向けて、そういったことを語り明かします。

『これで駄目なら 若い君たちへ—―卒業式講演集』はヴォネガットによるアメリカの様々な大学での卒業式講演を含む幾つかの講演を書籍としてまとめたものだ。基本はこれから社会に旅立つ若者たちへのメッセージであり、その若者たちへの期待と鼓舞であり、この生き難い世界と社会でどのように希望を失わずに生きてゆくのかを示してゆくものとなっている。オレの苦手だった「説教臭いヴォネガット」の顔も若干覗くけれども、逆にそんなヴォネガットの一面を懐かしく思いながら読んでいた。

オレは「説教臭いヴォネガット」に「口煩い父親像」を連想することがあった。その内容は多少口煩くとも、それは社会の先人として体験したことから導き出される警句であり教訓であり、現実の持つある種の側面を真摯に伝えようとしたものなのだ。オレはヴォネガットの芳醇な知見と知識に満ちた巨大な背中に、きっと「父親」のような姿を感じていたのだと思う。実はオレには10代の頃から父親がいなかったので、どこかヴォネガットにそんな思いを抱いていた部分があったのだ。

この講演集では現実の厳しい諸相が述べられているのと同時に、それを乗り越えるための幾つものヒントも隠されている。タイトルとなる「これで駄目なら」とは、一見他愛なく思えるささやかな幸福の一瞬こそが実は最高のものであり、これで駄目なら、他に何がある?という事を言い表している。そしてこの著作にはヴォネガットの大いなる愛を感じる。ヴォネガットその人が「人生の目的は、愛すべき人を愛すること」と言っているように。