「マーダーボット・ダイアリー」シリーズ最新作『逃亡テレメトリー』を読んだ

逃亡テレメトリー マーダーボット・ダイアリー/マーサ・ウェルズ (著)、中原 尚哉 (訳)

逃亡テレメトリー マーダーボット・ダイアリー (創元SF文庫)

かつて大量殺人を犯したとされたが、その記憶を消されていた人型警備ユニットの“弊機”。紆余曲折のすえプリザベーション連合に落ち着いた弊機は、ステーション内で何者かの他殺体に遭遇する。連合の指導者メンサー博士をつけねらう悪徳企業グレイクリス社とかかわりがあるのだろうか? 弊機は警備局員インダーたちとともに、ミステリー・メディアを視聴して培った知識を活かして捜査をはじめるが……。ヒューゴー賞4冠&ネビュラ賞2冠&ローカス賞3冠&日本翻訳大賞受賞の大人気シリーズ、待望の第3弾! シリーズ短編2編を併録。

人類が宇宙開拓に乗り出した未来を舞台に、ちょっと風変わりなアンドロイド“弊機”が人々の危機を救う!というSFシリーズ『マーダーボット・ダイアリー』の新作です。

この“弊機”、どのように風変わりなのかというと、「TVドラマ好きの引きこもりでおまけにツンデレ、人間嫌いの振りをしながら、いざその人間たちの危機ともなれば凄まじい戦闘能力と高度なハッキング技術を駆使してこれを排除する」という存在なんですね。要するにアンドロイドのくせに「こじらせた性格」をしていて、そこがどうにも人間臭く感じさせてしまう、という部分に面白さを醸し出すシリーズなんですよ。

ちなみに“弊機”というのは日本での訳語で要するに”私”ということなんですが、”弊社”といった使い方に現れるような、いわゆる謙遜語をアンドロイドである自分に使用している、ということなんですね。でもこの“弊機”、実際はあまりへりくだった態度をとっていないので、「とりあえず呼び名だけでも人間様にへりくだって見せてますよ私は?」という皮肉と嫌味が込められている部分でも可笑しかったりするんですよ。

とはいえひねくれているのにも訳があって、それは「人型警備ユニット」という存在に対する人々の偏見や差別がそこにあるからです。もちろん“弊機”は人工物であり、人々は「モノ」に対するように“弊機”に対しているということではありますが、しかし“弊機”には自意識が存在し、その自意識が偏見や差別にうんざりしているということなんです。つまり「AIの人権」がこのシリーズのもう一つのテーマでもあるという事なんですね。

もちろんこういったキャラクター設定の面白さだけではありません。いざ戦闘ともなればドローンとハッキングを駆使して戦略を練り、敵と対峙したならば驚くべき戦闘能力でこれを撃破します。このサイバーストラテジー展開と戦闘アンドロイドとしてのハードアクションが実にSF的な旨味に満ちているんですよ。物語の多くは非人間的な悪徳宇宙企業の陰謀を暴きこれと戦うといったものですが、この辺りの世知辛い未来社会の在り方もまたSF作品ではお馴染みのものですよね。

今作の物語は“弊機”がやっと落ち着いた居留地で殺人事件が起こり、“弊機”がそれを解明する、といったもの。いわばSFミステリーとして展開するというわけなんですね。“弊機”のキャラにせよ敵対する悪徳宇宙企業の存在にせよ、既に世界観が出来上がった作品なので、大きな破綻は確かにありません。しかし“弊機”の愛する連続TVドラマのように、「いつものアレの続き」をワクワクしながら楽しむ、というのがこのシリーズの読み方になるでしょう。

それと“弊機”はアンドロイドなので性別はありません。単行本の表紙をよく見ると中性的な描き方をされているのが分かると思います。原書の表紙だともっとロボットぽい無機質な雰囲気で描かれていますが、どちらを思い浮かべながら物語を読むのかはあくまで好みでしょう。

参考:これまで書いた『マーダーボット・ダイアリー』シリーズ作品の感想