最近読んだSFやらなにやら:『ネットワーク・エフェクト マーダーボット・ダイアリー』『破滅の王』

ネットワーク・エフェクト マーダーボット・ダイアリー / マーサ・ウェルズ (著)、中原 尚哉 (訳)

かつて大量殺人を犯したとされたが、その記憶を消されていた人型警備ユニットの“弊機”。紆余曲折のすえプリザベーション連合に落ち着くことになった弊機は、恩人であるメンサー博士の娘アメナらの護衛として惑星調査任務におもむくが、その帰路で絶体絶命の窮地におちいる。はたして弊機は人間たちを守り抜き、大好きな連続ドラマ鑑賞への耽溺にもどれるのか? 

ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞・日本翻訳大賞受賞&2年連続ヒューゴー賞ローカス賞受賞と、そうそうたる受賞歴を持つ『マーダーボット・ダイアリー』の続編(拙ブログの感想文はこちら)。舞台は人類が銀河を経巡る未来、主人公となる警備アンドロイド“弊機”は自己ハッキングしてこっそり自由行動を可能にしている。この“弊機”、TVドラマ好きの引きこもりでおまけにツンデレ、人嫌いの振りをしながらいざ人間たちの危機ともなれば、凄まじい戦闘能力と高度なハッキング技術を駆使して彼らを救うのだ。この“弊機”が醸し出すユーモア感覚と迫真のアクションとが作品の要となる。さて前作は中編4部構成の物語だったが、今作は長編作品となっている。全体的なテイストは相変わらずで、物語的には前作を踏襲し、悪賢い「企業」の暗躍と「エイリアン・テクノロジー」とが事件の中心となる。逆にSFアイディアは特に突出したものではなく、むしろストラテジー的なSF戦闘アクションに特化していると言っていいだろう。この調子でさらに続編が作られそうだ。

破滅の王 /上田早夕里

一九四三年、上海。「魔都」と呼ばれるほど繁栄を誇ったこの地も日本軍に占領され、かつての輝きを失っていた。上海自然科学研究所で細菌学科の研究員として働く宮本は、日本総領事館からある重要機密文書の精査を依頼される。驚くべきことにその内容は、「キング」と暗号名で呼ばれる治療法皆無の細菌兵器の論文であり、しかも前後が失われた不完全なものだった。宮本は、陸軍武官補佐官の灰塚少佐の下で治療薬の製造を任されるものの、即ちそれは、自らの手で究極の細菌兵器を完成させるということを意味していた―。

このコロナ禍でウイルス絡みの終末SFが注目されたが、この作品では太平洋戦争のさなかに日本軍によって作られた破滅的な細菌兵器が描かれる。舞台となるのは上海租界、ここで細菌学科研究員が軍から猛毒の細菌兵器に関する論文を査読するよう命令されることから物語は始まる。太平洋戦争で日本軍で細菌兵器ともなれば石井四郎と731部隊だが、物語の背後で暗躍する様が描かれはするものの中心的な役割ではない。むしろ描かれるのは厳しい軍監視下にある主人公が、細菌兵器を隠滅すべく薄氷を渡るが如き綱渡りをしてゆくサスペンスだ。物語は史実を交えながら綿密に構成され、死を賭して行動する主人公と冷徹な軍部との駆け引きは強烈な緊張感を醸し出していた。ただし物語への誠実さが裏目に出たのか構成が真面目過ぎておりフィクションとしての飛躍に乏しく、もっと大胆な展開が欲しいと感じてしまった部分で惜しい作品だった。