マザーコード /キャロル・スタイヴァース (著)、金子 浩 (訳)
2049年。アフガニスタンで使用されたバイオ兵器が暴走し、致死的病原体となって世界じゅうに広まった。人類滅亡を目前にして、遺伝子操作により病原体に免疫を持つ子供たちが作りだされ、〈マザー〉と呼ばれるロボットに託される。それから12年──〈マザー〉ボットに育てられた少年カイは、ほかの〈マザー〉の子供たちと出会い、ある決断を迫られるが……破滅した世界での希望の子供たちを描いた、近未来SFサスペンス
パンデミックによる人類滅亡……というタイムリー過ぎるテーマで描かれるSF作品である。しかし、最初「作者狙ったな」と思っていたのだが、実はこの作品は世界的にコロナ禍が吹き荒れる以前の2019年に書き上げられたものなのらしい。作者であるキャロル・スタイヴァースはもともと医療検査技術関連の人物で、この『マザーコード』は長編デビュー作であるとのこと。
この作品では2つテーマが描かれることになる。まずはなにしろ「パンデミック」だ。アメリカ軍が極秘裏に開発していたウィルス兵器を実戦使用してしまい、それが開発段階では予期しなかった形で変容しじわじわと世界を蝕んでゆく。このウィルス兵器、「肺炎のような症状を起こす」という部分がまず恐怖だ。作者がコロナ禍を予見していたのではないかとすら思わせるが、そういえば小松左京の『復活の日』も「風邪のような症状」のウィルスが世界を滅ぼす作品だった。
この「安全使用できるはずのウィルス兵器がなぜ暴走を起こすことになるのか」という部分の科学的な書き込みが秀逸で実に説得力があり、だからこそ恐るべき迫真性をもって伝わってくる。そして撃退不可能の死の病となり世界は徐々に滅亡へと突き進むことになるのだ。この作品世界では「ワクチン」的なものの製造が間に合わず、「解毒剤」と呼ばれるものがアメリカのごく少数の集団に投与されることになる。
この作品のもう一つのテーマは「ロボットAI」だ。そして実はこの作品の主軸はこの部分にある。アメリカは滅亡に瀕した世界に子孫を残すため、遺伝子操作によりウィルス免疫を持つ子供たちを生み出す計画を遂行するが、その子供たちの育成と保護を担うロボット製作も同時進行させるのだ。ロボットAIには卵子提供者である母親の人格が使われ、それが「マザーコード」と呼ばれるものなのだ。
このロボット「マザー」は子供を機内に搭乗させることができ、飛行能力を持ちさらにレーザー兵器まで搭載している。予測不能の事態から徹底的に子供たちを守ることのできる仕様なのだ。作者によると、なんとあの「エヴァンゲリオン」がヒントになったのらしい。計画段階であったために「マザー」は30体しか製作されておらず、そしてある事件により子供たちを乗せたマザーは主人公である管理者たちのもとから飛び立ち行方不明となる。この子供たちの行方を追う主人公らと、砂漠地帯を10数年彷徨うことになる子供たちの姿がこの物語のメインなのだ。
そして物語は「マザーコード」という名のAIの強烈な母性と、強烈な母性ゆえに全ての他者を外敵ととらえ拒み続けるAIの行動を描くことになる。その「マザー」を捜索し、子供たちを救出したいと願うのも、実は彼らの卵子・精子提供者の親たちなのである。すなわちこの物語の基調となるのは子供たちを守り慈しもうとする「強烈な親の愛」であり、その愛により対立する人間とAIとののっぴきならない確執となるのだ。パンデミック、ロボットAIといったSF的アイディアの背後に存在するこの愛情の存在が物語にエモーショナルな奥行きを与え、人類滅亡の絶望感を乗り越えた希望の形を提示しようとする。そういった部分に思わぬ収穫を感じた作品だった。