日本合衆国vsナチスドイツのロボット大戦!!/『メカ・サムライ・エンパイア』

■メカ・サムライ・エンパイア/ピーター・トライアス

メカ・サムライ・エンパイア 上 (ハヤカワ文庫SF) メカ・サムライ・エンパイア 下 (ハヤカワ文庫SF)

大日本帝国が統治するアメリカ西海岸の「日本合衆国」。両親をテロで失った不二本誠は、巨大ロボット兵器「メカ」のパイロットを志望していたが、そのための士官学校入試で失敗する。だが彼は、思わぬことから民間の警備用メカパイロット訓練生への推薦を受ける。うまくいけば軍パイロットへの道が開く可能性もあるという。厳しい訓練が続くある日、誠は旧友のドイツ人留学生グリゼルダと再会する。しかしアメリ東海岸を支配するドイツと日本合衆国の関係は不安定で、それが彼女との仲にも影を落としていた…。星雲賞受賞作『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』、待望の続篇!

枢軸国家の勝利した世界を描く改変歴史SF

 第二次世界大戦は枢軸国側の勝利で終わり、北アメリカ大陸は日本合衆国とナチスドイツとに分割占拠されていた……という改変歴史世界を舞台に、巨大ロボットとあたかも怪獣の如きバイオメカとが激突する!!というオタク趣味満載の長編SF小説、『メカ・サムライ・エンパイア』(MSE)でございます!!

この物語、作者ピーター・トライアスによる前作『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(USOJ)の続編的位置にある作品です。しかし世界観は同一でも物語的連続性はあまりないのでこの作品から読んでも全く遜色在りません。むしろ”まとまり”といった点においてこの作品から読んでもいいかもしれません。

前作『USOJ』はP・K・ディックの改変歴史SF小説『高い城の男』のアイディアを元に、作者ピーター・トライアスがジャパニーズ・ポップ・カルチャーの知識を総動員して作られたいわば”オタク小説”的な味わいの強い作品でした。この"オタク的世界観"と”ロボット対決”で形作られた物語は、『MSE』も含め最近話題となったSF映画レディ・プレイヤー1』と『パシフィック・リム:アップライジング』すら彷彿させ、この2作の映画が好きな人にも是非読んでもらいたいですね。

ナチスドイツ対大日本帝国

さて今作は前作から6年後の世界を舞台にしています。北アメリカ大陸大日本帝国ナチスドイツに支配されていますが、この二国間には既に覇権を巡るきな臭い衝突が起こっています。さらにアメリカ開放を目論むレジスタンス・アメリカ国民革命組織がテロを頻発させています。主人公はロボットパイロットに憧れる少年・不二本誠。彼は血反吐を吐くような過酷な訓練を経てA級パイロットへの道を進みますが、ある護衛任務の最中、ナチスの新兵器バイオメカと対峙し、その恐るべき威力に圧倒されてしまうのです。

まず大日本帝国軍国主義ぶりが大いに掲揚され、主人公はこの大日本帝国天皇陛下に忠誠を誓う一兵士として描かれるのですが、この部分で既に大いにグロテスクなんですね。さらにこの世界におけるナチスはさらなるディストピア国家を生み出しています。そして大日本帝国を善、ナチスを悪として描かれる二国間の戦いというのが非常に異様なんですよ。しかし逆にこの二国を現実のアメリカと他国に置き換えても、派遣国家同士の紛争といった視点は変わらない訳で、この辺のフィクショナルな移相の在り方はとてもアイロニカルなものを孕んでいるような気がしますね。

巨大ロボット対巨大怪獣!

さて今作ではロボットパイロットに憧れる少年の成長譚として成立しているのですが、これはロボットアクション・テーマの作品として非常に正鵠を射るものだと言えるでしょう。なぜならロボットというのは少年にとっての大人の肉体というもののメタファーと言えるからです。ロボットの強大な機体は少年にとって成長し大人になった自身の肉体の写し絵なのです。幾多のロボット作品が少年が主人公となるのはその為です。前作がメタボ中年が主人公で、なおかつそれほどロボットが活躍しなかったことを考えると、今作の設定はロボットアクション・テーマを生き生きと描くための正攻法的手段だと言えるんですよ。

この物語には様々なロボットが登場しますが、中盤で活躍する蟹型ロボットは『攻殻機動隊』に登場する"多脚戦車"を彷彿させますし、後半登場する巨大ロボットは剣や薙刀や電磁ヨーヨーまで備え、様々なロボットアニメを想像させてくれて楽しいんですね。全視界型のコクピットなんざ新世紀エヴァンゲリオンじゃないですか!

これに対するナチスの秘密兵器バイオメカは、金属骨格の上に有機体の鱗を持ち、これにより外見が【怪獣】状態なんですね。即ちこの『MSE』、ビジュアル的には巨大ロボット対巨大怪獣の戦いを成立させたものだと言えるのですよ!これがワクワクしないわけないじゃないですか!?これはもう作者ピーター・トライアスのプレゼントともいうべきとてつもないサービスだと思えませんか!?

質の高いエンターテインメント作品

さらにこの作品では日本人とドイツ人のハーフ少女、グリゼルダの存在が物語に大きな膨らみを持たせることに成功しています。 グリゼルダはドイツ人交換留学生であり、主人公・誠の友人であり、彼が密かに恋心を抱く少女です。大日本帝国ナチスドイツとの関係悪化と共に、グリゼルダのアイデンティティは両方の国家間に引き裂かれてしまうのと同時に、皇国日本に忠誠を誓う誠の心もまた引き裂かれてゆきます。この部分で『MSE』を単純な戦争ドラマに貶めない複雑さを醸し出すことに成功しているんですね。

少年の成長譚とロボット対怪獣(バイオメカ)の戦いを迫力たっぷりに描き、改変世界のグロテスクさとオタクカルチャーに肉薄したこの『MSE』は、ロボットアクションドラマとして非常にストレートな面白さに満ちており、改変世界の在り方自体をメインとして描かれた前作よりもより高いエンターテインメント作品として結実していることは間違いないでしょう。これは作者ピーター・トライアスの十分な成長を伺わせるものでもあります。話では既に続編の構想もあるようですが、非常に優れた世界観を持つ作品ですから、続編が出たら是非また読んでみたいですね。

※追記

このレヴューをツイッターで呟いたら作者本人からお礼のツイートを頂いたよ!

メカ・サムライ・エンパイア 上 (ハヤカワ文庫SF)

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ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)

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ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)

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ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

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高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

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