最近読んだSF:『時間の王』『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日』

時間の王 / 宝樹 (著)、稲村 文吾 (訳)、阿井 幸作 (訳)

俺は時間の王だ――自分の人生のあらゆる時間を自由に通り抜けられる。些細な事故に遭ったせいで思い出した瞬間に戻ることができる能力を手に入れた主人公は、子供のころに会った少女の命を救おうとするのだが……。中国SFの新星による7篇を収録した傑作集

中国SF作家・宝樹による時間SF短編集。ちなみに彼は『三体』の二次創作が人気を博し劉慈欣に認められ、さらにケン・リュウにより英語翻訳までされたという人。時間SFというとまずタイムトラベル物を思い浮かべるが、三国志を扱ったコミカルな作品『三国献麺記』、タイムトラベルの中ですれ違う男女を描く『成都往事』がそれに当たるだろう。しかしこの短編集ではそれのみに止まらず、『穴居するものたち』 『暗黒へ』では「果てしなき時間の流れ」そのものをテーマにする。またタイトル作『時間の王』などは「時間と意識」の物語であり、時間SFへの新たなアプローチだと感じた。ドタバタロマンス作『九百九十九本のばら』などは時間SFの構造を逆手に取ったある意味「非SF作」とも取れる作品。ショートショート『最初のタイムトラベラー』も目の付け所が上手い。総じて、時間SFとしてありふれたモチーフを用いながらも、中国作家らしい深い歴史感覚とアジア的なエモーショナルさで新鮮な味わいをもたらす作品が並ぶことになった。やはり中国SFはいい。

ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日 / キース・トーマス(著)、佐田千織(訳)

ダリア・ミッチェル博士によって発見された謎のパルスコードは、高度な知性を持つ銀河系外の生命体が送信したものだった。 それは地球人のDNAをハッキングするコードであり、その結果、世界から数十億人が消失した。 パルスコードとは、いったいなんだったのか。 そして、消えたひとびとはどこへ行ったのか。 パルスコードの発見から5年。ジャーナリストのキース・トーマスが世界を変えた出来事の意味を明らかにする。 ミッチェル博士の私的な記録とアメリカ前大統領へのインタビューをはじめ、世界を変える現象に立ち向かった対策チームの機密記録、関係者へのインタビューをまとめた一冊が遂に刊行。

宇宙のどこかから送られてきた謎のパルスコードによって多くの人類が変異を起こし、世界が壊滅に瀕してしまう、というSF作品である。ファースト・コンタクト・テーマであり、異星人による地球侵略テーマであり、人類滅亡テーマのSFであるという事ができるが、実のところこのパルスコードの本来の目的は杳として判明しないのである。パルスコードにより人類は危機的な状況に至るけれども、それはたまたまそうなっただけで、異星人の目的は侵略ではなかったのかもしれない、そういった不可解さと謎めいた雰囲気が常に全体を覆う。そういった部分ではレム的な「異種知性体との不可能なコンタクト」を描いたものということもできる。物語はこれらを「ミッシェル博士の記録」といった形のドキュメント・タッチで綴ってゆく。こういった構成のため「上昇」と呼ばれる人類の災禍が具体的にどのようなものなのか中盤まで明かされず、読んでいて若干じれったく思えた。またドキュメント・タッチの構成はドラマ性を希薄にし物語的醍醐味に欠ける部分がある。そしてようやくこの災禍の真相が明かされるクライマックスは、これって超有名なSF古典の「アレ」じゃん?とちょっと思えてしまった。悪くはないんだがドキュメント構成の独特さだけで引っ張ってしまった部分があるかな。