最近読んだSF/『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』『量子魔術師』

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける/アマル・エル=モータル&マックス・グラッドストン (著)、山田 和子 (訳)

こうしてあなたたちは時間戦争に負ける (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞/英国SF協会賞受賞〕時空の覇権を争う二大勢力〈エージェンシー〉と〈ガーデン〉の工作員レッドとブルーは、幾多の時間線での戦いを経てお互いを意識し、秘密裏に文通する関係になるが……超絶技巧の時空横断SF!

ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞/英国SF協会賞受賞」と、なにやらあれこれ話題のSF作品である。物語は時空を超えた戦争を描くものだけれども、メインとして描かれるのはありとあらゆる時間軸を通しての敵味方同士の「文通」であり、さらに「文通」により心を通わせる二人が女性であるという、いわゆる「百合小説」なのである。つまり「時空を超えた壮大なすれ違いの中で行われる百合文通小説」がこの物語であり、実は百合小説が苦手なオレは「うーん、このー」と顔をしかめながら頭をポリポリ掻きたくなってしまったのが正直なところである。

文通とは言っても紙のインク書きされた手紙でのみ行われるのではなく、そこは皮膚の断片だの花粉の粒子だの血だの油だのと、奇想天外な記述方法があれこれ登場する部分ではSF的だ。さて最初敵同士として文章で反目し合っていた二人はお互いの私的な事柄を書き連ねることにより、それは信頼から次第に愛へと変わってゆく。しかしこの辺、感情の変化がきちんと描かれず唐突過ぎて、オレは面食らった。いきなり「私はあなたを愛している!」と連呼されてもなあ。そして敵味方を超えて愛し合う二人はこの関係に終焉を見出そうとするのだが、それにしてもこの物語はなんなのだろうなあ、と思ってしまった。

時空を超越しているというのは、それはいつでも、どこでもない、ということでもあり、理由の明確でないその戦争は抽象的な対立構造を暗喩したものであり、あえて女性同士というのは、実は性別は何でもどちらでもよい、ということなのではないのか。即ちあらゆる時代に存在するあらゆる性別のカップルが愛を呟きながら対立構造の中で引き裂かれる、そういった寓話なのではないか、とオレは理解することにした。ただ面白かったかと言えば、うーん、このー……。

 

量子魔術師/デレク・クンスケン (著)、金子 司 (訳)

量子魔術師 (ハヤカワ文庫SF)

詐欺師の“魔術師”ベリサリウスは、遺伝子操作により驚異の量子解析力をもつホモ・クアントゥスの一人。その彼が依頼されたのは厳重に警備された“世界軸”ワームホール・ネットに宇宙船、それも艦隊まるごとをひそかに通すことだった! ベリサリウスは一癖も二癖もある仲間を集めて、手始めに陽動作戦を展開。量子もつれを用いて世界軸を支配する巨大国家を煙に巻く世紀のコンゲームに挑む――『三体』の劉慈欣が推薦する傑作宇宙アクションSF

銀河のゴロツキどもが結託し、デッカイ山を当てるべく奇想天外な犯罪計画を練り上げる!というお話である。いわばスペースオペラ版『オーシャンズ11』というのがこの物語なのである。 しかし単純なスペースオペラとちと違うのは、主人公が「遺伝子操作により驚異の量子解析力をもつホモ・クアントゥス」であるとかいう部分にある。タイトルが『量子魔術師』であるのはそういう理由である。

とはいっても量子力学がどうとかハードSF展開するわけではなく、単に「量子コンピューター並みに計算が早い」ってだけである。グレッグ・イーガンの『シルトの梯子』みたいに「身体に埋め込まれた量子コンピュータにより常に量子論的選択を経ながら思考し行動する」なんて展開は全くない。せいぜい「量子もつれ」のアイディアが使われるだけである。

物語は銀河の端々からやってきた海千山千の連中による銀河を股にかけた犯罪計画を描くものだが、これ普通に「ヨーロッパの様々な国から集められた国籍も人種も違う訳アリ連中による金塊強奪作戦」みたいなのにちょっとSFガジェットとSF的特殊能力持たせて宇宙に移し替えただけとも言えるわけで、そういった部分で物語展開に退屈さを感じたかなあ。まあクライマックスは戦艦戦闘機巻き込んでのド派手な宇宙戦争へと発展し、なんかスターウォーズぽくもあったがまあまあ盛り上がってくれた。