コーダ あいのうた (監督:シアン・ヘダー 2021年アメリカ・フランス・カナダ映画)
映画『コーダ あいのうた』は家族みんなが聴覚障碍を持つ家庭で、たった一人耳の聞こえる少女の青春物語です。実際の聴覚障碍者らが主演となって素晴らしい演技を披露し、2022年第94回アカデミー賞で作品賞・助演男優賞(トロイ・コッツァー)・脚色賞の3部門を受賞し話題となりました。
タイトルの「CODA=コーダ」とは「Children of Deaf Adults=“耳の聴こえない両親に育てられた子ども”」のことで、これを音楽の「コーダ=最終章」とかけたものなんじゃないかな。2014年製作のフランス映画『エール!』のリメイクなのだそうですがこれは観てないな。主演はテレビシリーズ『ロック&キー』のエミリア・ジョーンズ、『愛は静けさの中に』のオスカー女優マーリー・マトリン。監督は『タルーラ 彼女たちの事情』のシアン・ヘダーがつとめます。
《物語》海の町でやさしい両親と兄と暮らす高校生のルビー。彼女は家族の中で1人だけ耳が聞こえる。幼い頃から家族の耳となったルビーは家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。新学期、合唱クラブに入部したルビーの歌の才能に気づいた顧問の先生は、都会の名門音楽大学の受験を強く勧めるが、 ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられずにいた。家業の方が大事だと大反対する両親に、ルビーは自分の夢よりも家族の助けを続けることを決意するが……。
まずなによりも目を惹いたのは、舞台となるマサチューセッツ州の街グロスターの、地方都市ならではの光眩しく伸びやかな景観です。漁業が産業の中心となる街なのらしく、主人公家族もここで魚を獲って暮らしていますが、そんなどこか無骨な生活感もまた、観ていて和ませるものがあるんですよ。実はオレも、実家が漁業を中心とした町にあったものですから、奇妙な親近感を覚えたのかもしれません。
主人公ルビーは高校に通っていますが、歌うことが好きな彼女は合唱部に入部するんです。「高校生で合唱部」というと名作ドラマ『Glee/グリー』を思い出しますが、あんな「アメリカが抱える様々な問題を煮詰めたような人間模様」などは決して描かれず、やはり地方都市らしい明るく素朴な雰囲気で描かれている部分もよかったですね。その合唱部にはルビーの憧れる男子生徒マイルズがいるのですが、なんと次の発表会でデュエットすることに!?こんな嬉し恥ずかしな青春物語がとても眩しかったりするんです。
一方、この物語をユニークにしているのはルビーの家族、その父母と兄が聴覚障碍者であるということです。しかし物語では彼らをことさら「特別なもの」として描くことはありません。聴覚障碍であること以外、彼らはごく普通の幸福を追い求め、ごく普通の生活を営む者たちでしかないのです。そしてそんなルビーの家族は、明るく時として猥雑で、小さな諍いこそあるものの、愛情に溢れた豊かで楽しい日々を送っているんです。
なんとなれば、例えどんな家族であろうとも、それは個々の生き方や性格や、幸福の追い求め方の違いから、ある意味「特別なもの」です。ルビーの家族はたまたま聴覚障碍者であり、障碍者ならではの困難に直面しもしますが、それですら、やはりどんな家族であろうとも彼らなりの困難を抱えているといった点で一緒です。この作品には、「聴覚障碍という”ユニークさ”はあっても、実のところ我々と何も変わらない、幸福であろうと願いながら日々を生きる者たち」として描かれている部分に素晴らしさがあります。
主人公ローズを演じるエミリア・ジョーンズは「どこにでもいそうな普通の女子高生」を演じつつも非常に爽やかで力強い存在感に満ち、ひとたび歌を歌えば聴く者の心を捕らえて離さない素晴らしい俳優でした。ローズのボーイフレンドとなるマイルズ役フェルディア・ウォルシュ=ピーロは、年頃の少年らしいはにかんだような演技が素敵でした。顧問教師役エウヘニオ・デルベスは洒落者で風変わりな教師を演じ、これも好演でした。そしてローズの父親役トロイ・コッツァー、母親役マーリー・マトリン、兄役ダニエル・デュラント、彼らは実際に聴覚障碍を持つ俳優ですが、それ以前に、俳優としての高い演技力と存在感を堂々と披露していました。
物語としては予定調和的な、決して大きな破綻を孕まない順当な作品ですが、しかしだからこそ、一人の女子高校生とその家族との、豊かで充実した「しあわせのかたち」を伸び伸びと描き切れたのではないでしょうか。
とかく人生は、ままならない困難や不幸と直面することが多々あります。しかしローズの家族は、ハンディキャップという困難がまず最初にあったからこそ、幸福であろう、幸福になろう、その為によりタフであろう、と願いそして実行してきた者たちなのではないでしょうか。そして幸福とはこのように、確固たる意志を持って願うことによってしか得られないものなのだ、とオレなんかも思います。
(※日本版の予告編がネットから引き揚げられていて観られないんだけどなんなんだろう?というわけでこれは英語版の予告編)