機動旅団八福神(1)~(10)/福島聡
『機動旅団八福神』は月刊漫画誌コミックビームにおいて2004年から2009年にかけて連載された戦争SFコミックである。近未来、日本は中国に侵略され属国となり、アメリカとの戦争に邁進する。主人公名取は環東軍に入隊して第一機動旅団に配属され、奇妙な人型兵器「福神」に乗り込み、アメリカのロボットと戦うことになる。いわば「中国主導の新アジア共栄圏に組み込まれた日本と、敵国アメリカとのロボット戦闘物語」なのだが、これはイデオロギー的な予見というよりは単に日本とアメリカを戦わす理由をひねり出した結果の設定であろう。
それより面白いのは、この作品がよくある「ロボットSF」の定石をことごとく覆していることである。まず人型兵器「福神」が、「真っ赤なガマガエル」みたいに不格好で、少しも格好良くないということである。さらにこの「福神」、原爆にも耐えうる特殊構造をしているにも関わらず、戦闘は今一つで、特に特殊武器を有しているわけでもない。そして、主人公である名取が、どん臭い上に不戦主義者で、さらにルックスもどん臭くて、これも全く格好良くないということである。そしてこの物語の特殊なのは、日本アメリカ双方が、「人の死なない戦争」を遂行しようとしていることであり、それが主人公の不戦主義とも呼応していることだ。とはいえ、ロボット同士の戦闘も巻き添えの死も、それ以外の死も夥しく巻き起こっており、この設定自体がひとつの「大きな矛盾」を抱えたまま物語が進行してしまっているのだ。
とはいえ、主人公以外の登場人物は結構な戦闘能力を有していたり、「福神」以外の、軍用機にしろアメリカ製ロボット「リカオン」にしろ、きちんとSF的に格好いいフォルムをしているのである。これは作者が、ロボットSFの定石を取っ払い、戦争SFのセオリーを取っ払った中で、何が描けるのかを模索した結果なのだろう。そして作者が描こうとしたのは、夥しい死の中にあっても「人を殺してはいけない」とはどういうことなのかということなのではないだろうか。その結論は結局曖昧なままであり、クライマックスにおいても不完全燃焼感を残したまま終わってしまうのだが、少なくともロボットSF、戦争SFに一石を投じた秀逸なSF作品であることは間違いないだろう。
電話・睡眠・音楽/川勝徳重
うわあこれは相当ユニークだな。一言でいえば青林工藝舎的な「オルタナティヴ・コミック」ということになるのだろうが、独特なのはその技法だ。往年のガロ作品を思わす筆致だが、作者自身は1992年生まれと非常に若い。にもかかわらず古い漫画や古典の題材を好み、そのモチーフを活かしているのだが、同時にバンドデシネにも造詣が深く、その技法を使った作品もある。それぞれの作品で画風が固定されず、さらに多数の画風をひとつの作品でミクスチャーしている節もある。これは1992年生まれならではのサンプリング・カルチャーの一端という事なのか。最もモダンなのは表題作『電話・睡眠・音楽』となるが、やはりこの辺りの作風のほうが落ち着いて読める。クラブの雰囲気やそこに集う人々の様子がとてもよく描けていた。
妖怪ハンター 稗田の生徒たち 美加と境界の神 / 夢見村にて / 悪魚の海 /諸星大二郎
この『妖怪ハンター 稗田の生徒たち 美加と境界の神 / 夢見村にて / 悪魚の海』は以前単行本で出版されていた『妖怪ハンター 稗田の生徒たち 1 夢見村にて』の文庫版となるのだが、未収録作品「美加と境界の神」が収録されている。作者あとがきによると「稗田の生徒たち」はシリーズ化したかったものの続けることができず、そのためシリーズ未収録作を含めた文庫版刊行という形になったのだという。諸星作品は判型を変えての再発売が多く、それに未収録作が加わったりと、古いファンとしてはなにがなにやらといった感があるが、今回はそれなりに事情があったのらしい。とまあなにしろ未収録作品が収録されているんだから『稗田の生徒たち 1』の単行本は持っているけどこれはこれで購入しなければならないというわけなのである。あ、未収録作はいつもの諸星伝奇作で面白かったですよ。
ゴールデンカムイ(26)/野田サトル
次第に集まる「刺青人皮」 、敵味方一堂に会する登場人物たち、そして暗号解読のカギを握るアシリパに迫る魔の手。札幌ビール工場における大規模衝突はビール臭い戦いへと発展し、誰もが半分酔っぱらいながら死を賭して睨み合う。敵味方の趨勢が相当ごちゃごちゃしてきてちょっと分からなくなってきているのが正直なところなんだが、それでもぐいぐいと終章へ邁進しているような気はしている。
プリニウス(11)/ヤマザキマリ、とりみき
前巻まで皇帝ネロの権勢とその最期を描いた歴史コミック『プリニウス』だが、大きな山場が終了したからか、この巻では時代を遡り幼少期・青年期のプリニウスの姿が描かれることになる。若き日のプリニウスについては資料が残っておらず、ここで描かれる事柄は作者がその想像力を大きく膨らまして描いたものだという事だが、どうしてどうして、なかなかに説得力のある物語となっている。そしてなんと次巻は最終巻になるのだそうな。結構楽しめた物語ではあったが芯になる部分が掴み難いどこか茫洋とした部分があり、どの辺に落としどころを見つけるのだろうかと思っていたが、それが描かれる最終巻を待っていようと思う。