天下の奇書と評される夢野久作の『ドグラ・マグラ』を読んだ

ドグラ・マグラ夢野久作

ドグラ・マグラ(上) (角川文庫) ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)

精神医学の未開の領域に挑んで、久作一流のドグマをほしいままに駆使しながら、遺伝と夢中遊行病、唯物化学と精神科学の対峙、ライバル学者の闘争、千年前の伝承など、あまりにもりだくさんの趣向で、かえって読者を五里霧中に導いてしまう。それがこの大作の奇妙な魅力であって、千人が読めば千人ほどの感興が湧くにちがいない。探偵小説の枠を無視した空前絶後の奇想小説

「読む者は一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書」として名高い夢野久作の『ドグラ・マグラ』、今頃やっと読んだ。ちなみに読んで特に精神に異常はきたさなかったけど、これはもともとオレの頭がおかしいせいだからだと思う。

実はこの『ドグラ・マグラ』、10代の頃にその評判は知っていて、文庫本は買っていたんだけど結局読む事が無かった。しかしつい最近、この『ドグラ・マグラ』 が青空文庫で無料で読めると知って「いやもういよいよ読んどかなきゃダメだな」と思い、遂に読了したという訳だ。いやあ、これもまた30年来の積読本の読了ということになるな。

ドグラ・マグラ』は一応「探偵小説」という事になっている。精神病院の病室で目覚めた青年。彼は全ての記憶を失っていた。そこに不気味な医学博士が現れ、青年が3つの殺人事件に関わっていると伝え、さらに青年の記憶を呼び覚ます為に精神医学に関するアヤシイ文献をあれこれと読ます。殺人者は誰なのか?青年なのか他の誰かなのか?錯綜する物語はやがて1000年前に中国で描かれた異様な絵巻物に言及され、事実と虚実が判別しないままにこれは夢なのか現実なのかという認識の破綻にまで及んでゆく。

物語前半に登場するアレコレの”精神医学に関するアヤシイ文献”がなにしろ面白く、そして物語をより迷走させ、さらに奇ッ怪な印象をもたらすことになる。これらは、「脳髄」と「狂気」について述べられた、真偽の定かではない論文であり記事である。曰く「キチガイ地獄外道祭文」、曰く「地球表面上は狂人の一大開放治療場」、曰く「脳髄はモノを考える処に非ず」、曰く「胎児の夢」。

これらはふざけた調子で書かれているがゆえにインチキ極まりないもののように思えるが、実は書かれた当時でここまで脳科学と精神医学、さらには精神病院の問題に切り込んでいるのは慧眼だったのではないか。そして並べられる論旨と推論の狭間に少しづつ怪しげな虚構が混ぜ込まれ、読者の認識を次第に揺さぶってゆく。特に「胎児の夢」における「胎児は胎内で生育するにつれ生命進化の過程のあらゆる生物の記憶を悪夢という形で体験してゆく」という着想は驚くほど素晴らしい。

物語はメタフィクション的構成を取りながらユング集合的無意識にフィクショナブルな妄想を加え、最終的に認識論的な問題に肉薄してゆく。これら非常に知的なバックボーンを持ちつつ、描かれる内容は薄暗く湿った情念の発露であり、殺人事件であり狂気と狂人なのである。様々な事象が入れ子になった構造や時制の恣意的な攪乱など、実は結構読み難く分かり難い物語なのだが、正直「まあよくこんなもん書いたわ」という感想は確かに持った。オレは探偵小説的構成にあまり興味のない人間なので、その部分で面白かったかどうかはまた別の話ではあるが、なにしろ「ドグラ・マグラ読了だぜイエィ」というのが今の心境である。

ドグラ・マグラ

ドグラ・マグラ

 
ドグラ・マグラ(上) (角川文庫)

ドグラ・マグラ(上) (角川文庫)

  • 作者:夢野 久作
  • 発売日: 1976/10/13
  • メディア: 文庫
 
ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)

ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)