フランス文学探訪:その3/ラディゲ『肉体の悪魔』、メリメ『カルメン、タマンゴ』

肉体の悪魔 / ラディゲ(著)、中条 省平(訳)

第一次大戦下のフランス。パリの学校に通う15歳の「僕」は、ある日、19歳の美しい人妻マルトと出会う。二人は年齢の差を超えて愛し合い、マルトの新居でともに過ごすようになる。やがてマルトの妊娠が判明したことから、二人の愛は破滅に向かって進んでいく……。早熟な少年の人妻への恋を、天才作家が悪魔的な筆致で描く20世紀心理小説の白眉、研ぎ澄まされた文体で甦った決定訳!

肉体の悪魔』もまた、表層的に読むなら人妻に恋してしまった少年という、エキセントリックではあるがそれほど特別でもないロマンス小説となる。そういった部分で物語だけ追うと退屈ではある。ただこの小説も読み込んでみると、その心理描写の異様な掘り下げ方に驚かされてしまう。主人公は15歳の少年ではあるが、15歳の少年がこれほどまでに自己と他人の心理を詳細に読み取り言葉として表現し、あまつさえ他人の心理を操ろうとするだろうかとすら思わせるのだ。言うなれば早熟なる心理と精神を描いたものがこの小説であり、それゆえの現実世界との軋轢とその破滅とがこの物語であるのではないか。20歳で夭折したラディゲはコクトーと親交を結び三島由紀夫も絶賛したというが、この早熟ゆえの眩い輝きが両者を魅了したのだろう。(ラディゲ,レーモン 1903‐1923)

カルメン、タマンゴ/メリメ (著), 工藤 庸子 (翻訳)

純粋で真面目な青年ドン・ホセは、カルメンの虜となり、嫉妬にからめとられていく。軍隊を抜け悪事に手を染めるようになったホセは、ついにカルメンの情夫を殺し、そして…(「カルメン」)。黒人奴隷貿易を題材に、奴隷船を襲った反乱の惨劇を描いた「タマンゴ」。傑作中編2作を収録。

ビゼーの歌劇『カルメン』の原作と知られる作品だが、内容は歌劇と大幅に違うらしい。というかオレなどはそもそもスペイン産の物語だと思っていたのだが、フランス作家メリメによって書かれたものなのだ。

物語は竜騎兵である真面目な青年ドン・ホセがボヘミアの女カルメンの自由奔放な魅力の虜となり、いつしか山賊にまで身を堕としてゆくというものだ。とはいえカルメンは決して「魔性の女」というものではない。「ロマ」というドン・ホセとは全く違う社会的プロトコルの中に生きる女なのであって、確かに倫理観に承認し難い部分はあるにしろ、基本は文化と生活習慣の異なる者同士の野合と軋轢ということなのだ。恋の熱情は一時二人を強く結び付けるが、そもそもが住む世界の違う者同士であったのだ。

そしてカルメンのこの「自由奔放さ」がエキセントリックな魅力として強烈に物語に焼き付けられる。そんなカルメンにドン・ホセはただただ翻弄され破滅への道をひた走ってゆくさまが描かれるわけだが、フランス文学において破滅的な愛もまた芳醇たる愛の一つの形なのだろう。

もう一篇の作品『タマンゴ』は黒人奴隷貿易と奴隷船での血みどろの反乱を描いた作品だ。フランスにおける奴隷貿易という題材も興味を引くが、主人公タマンゴがそもそも「黒人奴隷商人の黒人」という設定も面白い(実際に現地ではそういうものだったそうだ)。そのタマンゴが運命の悪戯で自らも奴隷にされ奴隷船に乗せられる、という皮肉な展開がまた面白いのだ。このタマンゴの「族長」的なキャラクターが実に魅力的。そして凄惨なるクライマックス、驚愕のラスト!実にエンタメしていたぞ。

余談だがメリメの代表作の一つに『マテオ・ファルコーネ』という小説があるが、この作品、オレが小学生の時に学芸会の劇として演じたことがあったぞ。オレは狡猾な軍隊長の役だった!ひええ!

メリメは19世紀後半のフランスロマン主義に位置付けられる作家であり、ロマン主義ならではの通俗性において大いに楽しめた作家だった(同じロマン主義作家としてスタンダールバルザックユゴーが挙げられる)。(メリメ,プロスペール 1803‐1870)