『神話の力』ジョーゼフ・キャンベル+ビル・モイヤーズ

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

世界中の民族がもつ独自の神話体系には共通の主題や題材も多く、私たちの社会の見えない基盤となっている。神話はなんのために生まれ、私たちに何を語ろうというのか? ジョン・レノン暗殺からスター・ウォーズまでを例に現代人の精神の奥底に潜む神話の影響を明らかにし、綿々たる精神の旅の果てに私たちがどのように生きるべきか、という答えも探っていく。神話学の巨匠の遺作となった驚異と感動の名著。

古今の神話には人類がその原初から精神の裡に宿した「元型=アーキタイプ」とも言える【物語】が秘められているのではないか。そしてその【物語】の中にこそ人が人としてあるべき【規範】が隠されているのではないか。この『神話の力』はアメリカの神話学者、ジョーゼフ・キャンベルがジャーナリストであるビル・モイヤーズとの対談を通し、「神話の物語に隠されたもの」を検証してゆく、というものだ。
一読して、キャンベルのその博学多識ぶりにまず驚かされる。学者なのだから当たり前といえばその通りなのだが、対談という中で(多分)参考文献などを傍らに置くわけでもなく、ありとあらゆる神話伝承、宗教聖典、古典文学の膨大なタイトルや内容が次から次へと引用され、その繋がりを考察してゆくのだ。ここではジョイス『フィネガンズ・ウェイク』が、ダンテ『神曲』が、ゲーテファウスト』が、トリスタン伝説が、アーサー王の聖杯探究が、ヘブライの歴史が、カトリック教義が、ブッダの教えが、アメリカ・インディアンの伝承が、インド『ウパニシャット』が、さらには『スター・ウォーズ』が、たった数ページの中で引き合いに出され、その中から「共通となるもの」を見出してゆく、という離れ業を演じてゆくのである。
そこからキャンベルは「神話の復権」、即ち「失われた人間性の回復」を謳うのだが、『神話の力』と銘打っているように、その中心的な考えは「神話を持つ」=「神(ないし神性)に(再び)開眼する」ということを説く形になっている。つまり多分に宗教的であり(ただし特定宗教に依拠するものではない)、また倫理的な考えに即した結論へと導かれてゆく部分があることは否めない。キャンベル自身はカトリック教徒の家に生まれ、本人は既にカトリックの教義は捨てていると述べているが、それがカトリックではなくとも宗教的規範・倫理を基に推し進められた考察である、といったバイアスは所々に感じてしまう。
とはいえ、そうしたキャンベルの態度からは、学者というよりも一人の求道者が、膨大な文献からひとつの【真理】を導き出そうとする道のりを見出すことができ、その博覧強記に裏打ちされた模索の在り様を読み進める所にこの本の面白さがあるのではないか。その【真理】とは、古代から「種としての人類」が何を求め、何を拠り所にし、何を規範として生きてこようとしてきたかの考察であり、そしてそれは、「我々とは何であるのか」を考えようとすることに他ならないのだ。なにしろ文章の中にちりばめられた凄まじい数のキーワードに触れ、その内容の片鱗を知ることができる、という部分に非常に知的な興奮を覚えた。

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)