内戦下のシリアで少女が見たものとは/グラフィックノベル『ZENOBIA ゼノビア』

ZENOBIA ゼノビア/モーテン・デュアー、ラース・ホーネマン

ZENOBIA ゼノビア

2011年から続くというシリア内戦の実情は複雑すぎて自分には理解出来ているとは言い難い。長期化したアサド軍事政権への反体制派による民主化運動が切っ掛けとは言うが、そこに様々な国家・人種・主義・宗教の思惑が絡み合い、あたかも百鬼夜行の如き様相を呈しているからである。荒廃した国家、無慈悲な虐殺、多数の死者、膨大な難民、それによる近隣他国への影響など、暗澹たる出来事の、細々な事実ばかりが伝えられてくる。

その中でオレが最もショックだったのは、シリアという、それまで殆ど知らなかった国が、この荒廃以前は、実は非常に美しい国であり、豊かな国民性を持つ人々の住む土地だったということだ。これら全てが破壊され、灰燼に帰し、恐怖と悲嘆によって塗り潰されてしまうとは。なぜ、こんな事になってしまったのだろう、なぜ、こんな事が必要だったのだろう。

デンマーク人作家モーテン・デュアーとイラストレーター、ラース・ホーネマンによって描かれたグラフィックノベルZENOBIA ゼノビア』は、シリア内戦の戦禍に飲み込まれた一人の少女を描いた物語である。それは難民船でどことも知れぬ洋上を漂う少女の回想と言った形で描かれてゆく。彼女の生まれた国シリア、そこには優しい母がおり、平和な日々があり、美味しい食べ物が満ちていた。そこははるか昔、ゼノビアという名の気高く美しい女王の収めた土地だった。そんなシリアにある日突然破壊と殺戮の嵐が吹き荒れる。少女は自らを女王ゼノビアと重ね合わせ、健気に生き延びようとするのだ。

国家を失うことの悲しみ、とはいうが、国家など概念に過ぎない。少女が失ったもの、それは彼女の育った家でありそこで過ごした日々であり、優しい両親でありその思い出であり、楽しかったこと嬉しかったこと全ての記憶である。少女が失ったもの、それは彼女を彼女たらしめていた時間と空間と経験の全てなのである。国を失う、ということはそういうことなのだ。

この過酷な状況の中にある少女の悲哀を、 原作者モーテン・デュアーは少ない台詞とシンプルな構成でもって描き切る。そしてラース・ホーネマンのグラフィックは美しく素朴であり、説得力のある画で描くべきものを的確に描き出してゆく。100ページに満たない短い物語なのにも関わらず、ここには内戦下のシリアの悲劇が濃厚に凝縮され、その恐ろしさを、その悲嘆を、まざまざと読む者の心に叩き付ける。そしてやはり、こう思わざる得ないのだ、なぜ、こんな事になってしまったのだろう、なぜ、こんな事が必要だったのだろう、と。

ZENOBIA ゼノビア

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