縦横に広がる異様な脳内世界の光景/映画『アンチグラビティ』

■アンチグラビティ (監督:ニキータ・アルグノフ 2019年ロシア映画

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ちょっと前に「ロシアのSF映画には意外と拾い物がある!」とこのブログで書いたばかりだが*1、またまたロシア製SF映画の登場である。こうして立て続けにロシア製SFをロードショー劇場で観られるというのも結構珍しい事かもしれない。タイトルは『アンチグラビティ』、本国では2019年に公開されたばかりの作品である。

物語は謎めいたシーンの連続で始まる。壮麗な超未来的建造物群が画面に現れたと思ったらそれは次第に腐食してゆき、次にその建造物が何者かの部屋に作られたミニチュアであることが分かる。その部屋である男が目覚めるが、その男の目の前で様々なものが腐食し形を失ってゆく。恐怖に囚われ表に飛び出した男が見たのは、やはり腐食した街並みと重力を無視し縦横に浮遊する建造物の群れだった。呆然とする男を黒く忌まわしい形をした怪物が襲うが、そんな彼を武装した男女の一団が救い出すのだ。

こうして異様なビジュアルとミステリアスな展開が畳みかけられた後に明らかになるのは、この世界が「現実世界で昏睡した人々の記憶の情景が混じり合った脳内世界」であり、「黒い怪物」は「脳死した人間の残存思念が他人の昏睡記憶に襲い掛かり現実の死をもたらすリーパー(死神)」であるということだった。主人公はこの世界に囚われた人々と協力し合い、リーパーが襲い掛かってこない安全な土地を探し出すため危険なミッションに挑むのだ。

なんと言ってもこの作品の最大の見所は「様々な街並みが重力を無視して上下左右に浮遊し細い通路で繋げられた世界のビジュアル」だろう。それはエッシャーの騙し絵のようにも見えるが、むしろ脳内神経細胞の構造に似ているように思う。「脳内世界」を描くこの物語の情景は、脳内神経細胞を模したものだったのだ。

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『アンチグラビティ』の脳内世界

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脳内神経細胞

描かれる世界は複数の人間の脳内記憶が繋がったものであり、それを「ヴァーチャル世界」ととらえるなら映画『マトリックス』であるし「夢」であるととらえるなら映画『インセプション』だということができる。いずれにせよ現実世界の決まり事が無視された世界であるということだ。しかしその世界はなにもかも登場人物の思いのままのことが出来るわけではなく、あくまでこの脳内世界の法則の中で生きるしかない。しかもこの世界は記憶の欠落の如くそれぞれの情景が腐食し痘痕だらけになっている。これら「退行してゆく記憶の情景」からは『ブレードランナー』原作でも知られるSF作家、P・K・ディックの問題作『ユービック』を彷彿させるものがある。

物語の登場人物たちは皆サイバーパンクテイストのコスチュームをまとい朽ちかけ赤錆びた建造物に立て籠もり、リーパー粉砕のための特殊武器を身に着けている。この辺の小道具の扱いもまたカッコいいのだ。さらにそれぞれが超能力めいた特殊能力を持っており、探索や戦闘のおいて発動させる。脳内世界だからなんでもアリ、ということなのだろうが、「異様な異世界を探索しながら敵と戦う超能力者たち」という物語からはどこかコンピューターゲームっぽい世界観を感じたりする。天地や前後左右で重力が異なりそれを利用しながらの行動、なんて部分はゲーム『GRAVITY DAZE』そのままじゃないか。

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GRAVITY DAZE

そう、この作品、脳内神経細胞構造の如き世界を舞台に『マトリックス』『インセプション』『ユービック』『GRAVITY DAZE』を悪魔合体させたさせたような実にユニークな作品として完成しているのだ。

ただしビジュアルイメージ先行型の作品によくあることなのだが、この『アンチグラビティ』はストーリーの膨らませ方に難があり、中盤若干退屈になる部分があるのは否めない。異様なビジュアルも最初こそ驚かされるが、物語が進行してゆくにつれ慣れてしまい、その後は最初の驚き以上のものが存在しなくなってしまう。言ってみれば10分程度のイメージムービーやゲームのムービーシーンを無理矢理2時間余りの物語に水増ししたように見えてしまうのだ。

しかしそういったマイナス面は後半、「この世界が存在する真相」が明らかにされることで新たなサスペンスを生み出し、ようやく物語らしい輪郭を獲得することになる。こういった点で、全体的には物足りない面もある、必ずしも完成度の高い作品とは言えないのだが、様々な既存作品をミックスしながら特殊な映像表現で一点突破した、気概のある作品だという事は出来るだろう。少なくともオレは嫌いじゃないし、これからも記憶に残るであろうSF作品だった。


インセプションのような世界観!ロシア発のSFアクション『アンチグラビティ』予告編

ユービック

ユービック

 

*1: