ヴァーチャル世界を描く旧西ドイツのSF映画作品『あやつり糸の世界』

■あやつり糸の世界 (監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー 1973年西ドイツ映画

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■『あやつり糸の世界』

「1973年旧西ドイツ製作、『マトリックス』や『インセプション』に先駆けたヴァーチャル多層世界を描くSF映画」という触れ込みの作品『あやつり糸の世界』を観た。

監督はニュージャーマンシネマの鬼才ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。とかなんとかコピペしつつ、オレは「ニュージャーマンシネマ」とは何かまるで知らないし、ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督作品もこれまで一作も観たことがなく、この監督がどう鬼才なのかも分かってない。ただ「ちょっとカルトっぽいヨーロッパの古いSF映画である」というただ一点が気になって観てみようと思ったのだ。

物語の舞台は近未来のドイツ。そこにある「未来予測研究所」なる機関がサイバースペースに現実とよく似た仮想現実を作り、そこに住む1万人の仮想人格の動向を解析することで政治経済の未来を予測しようとしていた。しかし開発者であり研究主任でもあるフォルマーが怪死、主人公シュティラーはその後任となるが、度重なる奇妙な出来事に遭遇することになる。真相を追うシュティラーは、もう一つ高次元に本当の現実世界があり、自分の存在するこの世界もまた仮想現実であることを知ってしまうのだ。

■世界は虚構か現実か

「この世界は現実ではなく虚構ではないのか」という感覚はだれしも抱いたことがあるのではないだろうか。フィクション世界でも前述の『マトリックス』『インセプション』をはじめさまざまな作品の題材として取り上げられているが、この『あやつり糸の世界』では1973年に既にコンピューターによるヴァーチャル・リアリティ世界を取り上げた映画作品である部分で画期的だと言えるかもしれない。

この映画にはダニエル・F・ガロイのSF小説『模造世界』という原作があり、発表が1964年とこれも古い。同時代のSF作家にあのフィリップ・K・ディックがおり、ディックもまた「この世界は虚構か現実か」という作品を多く物していた。電脳仮想世界というと現代的だが、根底にあるのは認識論であったり心理学や精神病理学的な側面だろう。世界にリアリティを感じることの出来ないという感覚は慢性的になると離人症や現実感消失障害という精神疾患に繋がる。今目の前にあるものは現実ではない。では「本当の現実」はどこにあるのだろう?

■分断された世界

映画という形で紹介されているが、この『あやつり糸の世界』は実際はTV番組として企画され放映された作品である。作品は2部構成となっており、それぞれを足すと上映時間は212分、優に3時間半あまりある作品となっている。第1部はミステリータッチで進行し、第2部は逃走劇として展開しメリハリがついている。ただやはり3時間半は長い。構成は密であり無駄を感じさせないが、単なるSFサスペンスとして観ようとすると冗漫で理屈っぽく、娯楽性の乏しい退屈な作品に思えてしまう。むしろこれはひとつの不条理劇として観るべきだろう。

1973年、東西に分断されたドイツという国で製作された作品だという事を考えると、これは東西ドイツという政治的不条理を描いたものと見る事もできる。多重世界というテーマはまさに東西に分断されたドイツであるし、現実世界と仮想世界とでアイデンティティを引き裂かれる主人公の姿はそのまま東西ドイツ国民のアイデンティティに繋がるだろう。人間消失、さらにその人間のデータすら消失する映画世界の内容は秘匿と情報改竄と疑心暗鬼の横行する当時の政治的暗部をうかがわせはしないか。

こういったテーマの在り方とは別に目を引くのは鏡やガラスを利用した奇妙な撮影と美術の在り方であったり、必要以上に妖艶な女優であったり(関係ないが主演女優の一人バーバラ・ヴァレンテインはかつてフレディー・マーキュリーの恋人であったという)、時折噎せ返るように噴出する頽廃の匂いだったりする。室内プールに立ち尽くす人々はアラン・レネ監督作品『去年マリエンバートで』を思い起こさせ、リリー・マルレーンが歌われるステージ・シーンはアンニュイさ満ちている。白塗りの男たちが時折現れ無表情に消えてゆく幾つかのシーンも異様でありデカダンだ。これら頽廃性は物語とその描く世界の閉塞感を一層引き立てることになるのだ。

■『13F』

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実は『あやつり糸の世界』と同じ『模造世界』を原作にしたSF映画が存在している。それはローランド・エメリッヒ製作、ジョセフ・ラスナック監督による1999年アメリカ公開作品『13F』だ。

物語のアウトラインは同様だが、仮想現実世界として1937年の”古き善き”ロサンゼルスを舞台としており、大掛かりなセットを使用したこの仮想のロサンゼルスがひとつの見所だろう。物語は殺人犯に疑われた主人公の真相解明のためのミステリー仕立てとなっており、アクションやロマンスも盛り込まれた娯楽作品として仕上がっている。

例えば週末ビール片手に観るのであれば『あやつり糸の世界』よりも『13F』のほうをお勧めするし、一般に受け入れやすい作品という事もできるだろう。ただし今観るならやはり多少地味で古臭いし、B級臭も否めない。ハッピーエンドのラストも予定調和的だ。そこそこ楽しめはすれ、次の日には忘れているような作品ではある。

こうして二つの作品を並べてみると、お気軽な娯楽作に徹した『13F』と比べ、『あやつり糸の世界』はどこか妙に引っ掛かり脳裏に澱の様に残ってしまう癖の強さがある。これはファスビンダーという監督の監督主義的な作品だからなのだろうし、不条理劇的な側面のせいでもあるのだろう。映画『あやつり糸の世界』は万人に勧めたい作品とは思わないが、これもSF映画ファンであれば頭の隅にちょっとだけ入れておいてもいい作品かも知れない。


『あやつり糸の世界』予告

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