バラエティ豊かな中国SFのショウケイス『月の光 現代中国SFアンソロジー』

■月の光 現代中国SFアンソロジー

月の光 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

国家のエネルギー政策に携わる男はある晩、奇妙な電話を受ける。彼のことを詳しく知る電話の男は、人類と地球の絶望的な未来について語り、彼にそれを防ぐ処方箋を提示するが……。『三体』著者である劉慈欣の真骨頂たる表題作ほか、現代の北京でSNS産業のエリートのひとりとして生きる主人公の狂乱を描いた、『荒潮』著者の陳楸帆による「開光」、春節の帰省シーズンに突如消えた列車とその乗客の謎を追う、「折りたたみ北京」著者の郝景芳による「正月列車」など、14作家による現代最先端の中国SF16篇を収録。ケン・リュウ編による綺羅星のごときアンソロジー第2弾。解説/立原透耶

もうこのブログで何度も書いているが、なにしろここのところ中国SFの活きがいい。このジャンルのパイオニアとも言えるケン・リュウ、『三体』で話題を呼んだ劉慈欣は言うに及ばず、日本でもぽつぽつと中国SFが翻訳され出版されるようになってきた。最近では陳楸帆の『荒潮』が特に面白かった。『翡翠城市』のフォンダ・リーは中国系カナダ人だが、この範疇に入れてもいいかもしれない。 中国SFとは言っても、厳密には「中国SF・中華SF・華文SF」とそれぞれ定義が異なってくるのだが、要するに「中華圏を背景持つ作者のSF」だと思ってもらうといい。

中国SF・中華SF・華文SFの定義

中国SFとは、中国本土の作家のSFとして定義される。今話題の劉慈欣、郝景芳の作品は中国SFに分類される。

中華SFは、中国本土+香港・台湾などの地域+諸外国の中華系移民など、中国にルーツをもつ作家のSFと定義される。中国系アメリカ人であるケン・リュウテッド・チャン、アリッサ・ウォン、台湾系アメリカ人であるジョン・チューなどの作品は中華SFに分類される。

華文SFは、中国本土+台湾・香港の作家の作品など、中国語で書かれたSFと定義される。基本的には、中国SFの定義に、台湾や香港などの地域を足したもの。

中国SF研究Ⅱ「『東北大SF研、中国SFを大いに語る』配布資料追記版」 - SF游歩道

中国SFの面白さは、その政治・民族的背景の違いがあることと同時に、それにより、人間や社会、さらには宗教に対する根底的な視点が欧米のそれと異なり、非常に新鮮に映ることが挙げられるだろう。ひどく大雑把で乱暴な言い方になるが、そこには「アジア的情緒の在り方への親近感」も加味されていると思う(同じアジア圏であっても日本と中国とでは根底にある思想/情緒性は自ずと違うであろうことは理解している)。

そんな中、新たな中国SFアンソロジー『月の光』が刊行された。これは2018年に刊行された中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』の第2弾となるアンソロジーであり、『折りたたみ北京』と同様、ケン・リュウが編訳している。『折りたたみ北京』では中国SFのお披露目的ショウケイス作品が編集されていたが、この『月の光』では劉慈欣、陳楸帆、日本でも短編集が刊行された郝景芳らの作品が並び、前回よりもグレードの高さを感じさせる。

ところで「序文」でケン・リュウが書いているのだが、このアンソロジーは「中国SFの代表的な作品を集めるという意図はないこと、つまり、いわゆるベスト選集を編もうとしたのではない」といったことがあらかじめ告げられている。網羅的なものではなく私的に楽しめたものを優先した、ということなのらしい。これはケン・リュウアンソロジストとしての矜持ということなのだろうが、それにより個性的な作品が並ぶことになったように思う(とはいえ、中国SFに飢えている者としては、網羅的なアンソロジーも同時に期待したい)。全体的に、様々な才能を一冊に凝縮させた『折りたたみ北京』と比べると、バラエティの幅広さを感じさせるアンソロジーになっているように感じた。

作品を紹介しよう。

まず冒頭、AI人格とアラン・チューリングの半生とを並列しながら描いた夏笳『おやすみなさい、メランコリー」でガツンとやられた。「穿越小説」、いわゆるタイムトラベルを導入した歴史のifを描く張冉『晋陽の雪』はいつまでも読んでいたいと思わせる楽しさに満ち溢れていた。

糖匪『壊れた星』はサイコ・フィクションとでもいうべき作品か。韓松『潜水艇』『サリンジャー朝鮮人は皮肉な文明批判が冴える。程婧波『さかさまの空はポエティックなファンタジー作品だった。

宝樹『金色昔日』文革天安門事件も含む中国近代史を根底とした重量級のSF作品だ。物語の骨子は時代に翻弄される男女のラブストーリーだが、挿入されるSFアイデアがそれを単なるメロドラマにしていない。しかしこれ、初出は英訳だというが、中国でも出版できたのだろうか。今回のアンソロジーの中でも最も読み応えのあった作品の一つだ。

郝景芳『正月列車』は可笑し味に溢れたショート・ショート、飛氘『ほら吹きロボット』はレムやカルヴィーノを思わせる諧謔的な寓話だ。

そして劉慈欣『月の光』。幾つものSFアイディアを惜しげも無くつぎ込み、ただしドラマとしては単に携帯電話を掛けているだけ、というこの構成は良くも悪くも劉慈欣らしい。しかし十分脂の乗った作家が描いた勢いのある作品だと言える。

吴霜『宇宙の果てのレストラン――臘八粥』もファンタジックな味わいのある寓話。馬伯庸『始皇帝の休日』始皇帝ビデオゲームを合体させたスラップスティック作。PCゲームファンならラストで爆笑だろう。顧適『鏡』は叙述的実験性を伺わせる作品。王侃瑜『ブレインボックス』はテクノロジーによりあからさまになる感情の残酷さが描かれる。

さて陳楸帆だ。『開光』SNSを題材としてテクノロジーの生む皮肉な顛末を描くが、陳楸帆らしい高密度な情報量がSF的な醍醐味を大いに感じさせる。一方『未来病史』は架空の病症を羅列しながら異様な未来像を提示する。陳楸帆は現在中国SFでも最も先端を突っ走っている作家だと思うけどな。

最後は王侃瑜、宋明煒、飛氘らによる中国SF史の片鱗を伝えるエッセイ

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5036)

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5036)

  • 作者:郝 景芳
  • 発売日: 2018/02/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)